お手伝いは真心が大事……?
おやつの準備に現れたリンゼちゃんの後ろには、同じくちっこいメイド服に身を包んだ愛らしい唯ちゃんの姿がありましたとさ。
想定外の人物の登場に私とお母様は揃って甚大なダメージを受けた。
ダメージの内訳についてはかなりの差があるだろうけど、そんなことはどうでもよろしい。
いま大事なことは「リンゼちゃんと唯ちゃんが可愛らしい服装に身を包み、私の為にお菓子を持ってきてくれた」という一事のみである。
これで「あーん」までしてくれたら昇天も視野に入る幸福を得られること間違いなしなんだけど、さすがにそこまでは高望みしすぎかな。唯ちゃんは押せ押せで迫ればやってくれそうだけどリンゼちゃんの方が鉄壁すぎる。程よい蔑みは気持ちよくとも、本気の軽蔑は流石に望んではいないからね。適度な距離感が大切なのだ。
で、その適度な距離感の構築に失敗しているお母様と唯ちゃんがあわあわしている間にリンゼちゃんに話を聞いてみたところ、暇を持て余していた唯ちゃんを見兼ねたリンゼちゃんが「そんなに暇ならメイドでもしてみる?」と誘ったことが始まりらしい。今日はお試しメイドとしてリンゼちゃんの予備のメイド服に身を包み、お料理とかお洗濯とか、色々とお手伝いをさせてもらっていたんだそうな。
なにそれ、すごく見たかったんですけど。
唯ちゃんが慣れないお料理してるとことか、リンゼちゃんと一緒に一所懸命にお洗濯してるとことか、もんっのすんごく見たかったんですけど!!? なんで私を誘ってくれないわけ!? 貴重な初体験シーンを見逃したじゃないか!!
「酷いよリンゼちゃん!」と責めれば、リンゼちゃんは呆れた目で「どうして邪魔しかしないと分かっている人を誘うと思うの?」と真っ向から反論してきた。そんな、私が真面目に頑張ってる唯ちゃんの邪魔をするだなんて……そ、そんなこと、したいと思ったって行動に移さないだけの理性はあるよ!
お洗濯中にちょっかいを掛けて「もう、やめて下さいソフィアさん……」と控えめに拒否る唯ちゃんの姿を想像しただけで結構やばかった。しかし妄想の中では何をしたって合法なので、更にふざけるフリをして唯ちゃんにじゃれつき、お仕事で両手の塞がっている唯ちゃんの身体に手を這わせて――ハッ、リンゼちゃんが見下すような目で私を見ている。誘導尋問とは、なんて卑怯な!
ゴホンと咳払いをし、何事も無かったかのように居住まいを正した。
リンゼちゃんの読心力はお母様には遠く及ばないので、私が想像上の唯ちゃんにどのような狼藉を働いたかまでは伝わってないはず。これが伝わっていたなら多分、リンゼちゃんは私から距離をとるくらいのことはしてただろうからね。この程度の視線なら慣れたものさ。
私はリンゼちゃんの冷たい視線を真っ向から見つめ返し、優しい口調で諭すように言葉を重ねた。この想いが伝わるようにと、心を込めて言の葉を紡ぐ。
「リンゼちゃん。リンゼちゃんの目には私は相当ふざけた人物のように見えているみたいだけど、それはあえてそう見えるように振舞っているの。常に気を張っている人の傍にいたらリンゼちゃんだって疲れちゃうでしょ? 私のだらしなさはね、私からの気遣いの表れなんだよ」
「――馬鹿なことを言っている暇があるなら貴女も手伝いなさい。この光景を見て何故自発的に手伝おうと思わないのですか? 貴女には罪悪感が欠落しているのですか?」
だが私の渾身の言い訳はお母様により一蹴されてしまった。
なんだよう、お母様には言ってないよう。邪魔すんなよう、と心の中で抗議の声をあげるも、表向きは申し訳無さそうに頭を下げておいた。無駄に反抗したってろくな結果にならないのは学習済みである。
それを理解した上で、それでも時には反抗したくなっちゃうお年頃なだけで、私は基本的には優秀なのだよ。さっきの魔法談義の時だってお母様が十年近く前の私の発言記録を引き合いに出してきたけど、あれも私は何の記録媒体に頼ることなく覚えてたからね。優秀な娘の頭脳に震えたまえよ、えっへんへん。
それにお母様が文句を言った「この光景」ってのも、私にはメイドさんの仕事を世話される側であるお母様が邪魔しているようにしか映っていない。
前々から思っていたけど、お母様って完全にお嬢様だよね。世話する側の気持ちが分かってないわ。
「必要があるなら手伝う気持ちはありますけど、今はその必要はありませんよね? リンゼちゃんもほら、素直な気持ちを言ってあげたら? 正直お母様は座っててくれた方が楽だって」
「手助けしようとしてくれる気持ちはありがたいものよ。少なくとも真心が感じられる分、ソフィアを相手にするより感謝しようという気持ちにはなるわね」
えー、そんなもん? 危うい手つきでお湯の湧いたポットをこっちのテーブルに持ってきたの見てもそんなこと言える? 直で置くから木のテーブルがジュッて言ったよ?
お母様が適当に運んで来た紅茶の道具を使いやすいように置き直しながら、それでもリンゼちゃんは頑なに認めない。
「気遣いに役に立つかどうかは関係ないわ。……それよりもソフィア。ここの机、直しておいてくれる?」
「えー、どうしよっかなー」
「ソフィアの紅茶には塩を入れておくわね」
「すぐに直させてもらいます」
手伝ってるつもりの大人の尻拭いを子供二人がしてるの、単純に考えてやばくない?
そんなことを考えながらも、私はそれでもゆっくりと整ってゆくおやつの準備に心が沸き立つのを感じていた。お菓子の甘い香りってやっぱりいいよね〜。
アイリスは元々が大貴族の娘だった為、世話する側の教育なんて一切受けた経験がありません。熱々のポットを不備なく運べただけでも奇跡のような出来事です。
……ただし、本当にそれを運ぶ必要があったのかは、それぞれの解釈にお任せします。
本人は達成感に包まれてはいたみたいですよ?




