魔法少女ってすごいや!
事は既に下手な言い訳が不可能な段階へと進んだことは理解した。
ならばどうすればよいのか? 上手い言い訳を捻り出せば良いのだろうか?
それも一つの手ではあるだろうが、お母様は私の度重なる失態により疑心暗鬼モードに突入している。私が「お母様を欺いている」という意識を持っている限り、その疑いの眼差しから逃れることは叶わないと見た方いいだろう。
つまり結論としては、お母様も先程から望んでいる通りに、考えていたことを全てまるっと詳らかするのが最良ではないかと思うわけでして。
目的を何に設定するかによってその時々の「最良」は異なるものだが、この場合の最良とはつまり私の心身の健康、即ちお母様の厳しい視線に晒されている現状からの脱却である。
「――分かりました。私が意図的に隠していた真実をお話します」
……この選択が正しいのかは分からない。
けれどお母様の嘘察知能力を機能不全に追い込めない以上、私に出来る残されたことは、真実を羅列することのみ。もはやそれしか生き残る術はないのだと私の直感は告げていたのだった。
◇
――そこから凡そ一時間にわたり、私は語った。
魔法少女とは何か。浪漫とは何か。
何故少女達は愛らしい服装で悪を打ち砕くのか。そこに至る葛藤の物語を熱く語った。マスコットの存在が彼女達にとってどれ程の救いとなるのか。それも語った。時には悪にも染まる正義の危うさについても、個人的な感想をたっぷり詰め込んでそれはもう鬱陶しいくらい勢い込んで語った。
勢いで押さないと我慢が限界に達したお母様に叱られそうだったという点はこの際脇に置いておくのが良いと思う。
とにかくそんなわけで、お母様の望む通りにネムちゃんの魔物討伐活動の理由、またその意志の根源について、私の知り得る限りの情報を全てべろべろーっと羅列してみた。お母様は混乱を通り越して達観している。
流石は私のお母様。
常人であれば「ふざけてないで本当のことを言いなさい」と一蹴されかねない荒唐無稽なこの話を、恐らく事実であると正しく認識しているからこその反応だ。
私の語る熱量からか、あるいはお得意の読心術によるものかは知らないが、お母様は私が嘘を言っていないと確信している。故に、私は重ねて語ったのだ。お母様が読み取った私の邪な思考の正体を。魔法少女が伝統的に着替えるその衣装の愛らしさを。
「ネムちゃんの場合はその活発さを体現したかのような躍動感溢れるデザインなんですけど、それをそのままお母様に着せるとなるとやはり裾の短さが気になるといいますか、性格的にも体型的にもややマッチしていないのでは無いかと思ってですね。それならばいっそ大人路線でバニーコスやOL風のスーツなどで……えっと、とにかく大人向けの色気ある雰囲気の装いが似合うのではないかと想像をしていてですね。なんならメイド服も良いのでは? メイド服を着たお母様が給仕などしてくれたら最高なのでは? と想像をしていたらこう、昂る気持ちが抑えられなくなってきたと言うのですか? 普段は控えめな服装を好まれるお母様の未知なる魅力と可能性に気付いた私はお母様の愛らしさを最大限に引き出す服装についての考察を進めて――」
「はあぁーー……」
あらま、なんというドデカ溜め息。そんな大きな溜め息吐いたら幸せさんが逃げちゃいますよ?
心底呆れ返った、という態度をありありと示しているお母様ではあるが、その頬は恥ずかしさからか薄らと桃色に色付いている。
これを私は「そんな服、私には到底似合いませんよ……」というツンデレなお母様の乙女心だと解釈した。
「大丈夫ですお母様。似合う似合わないはこの際置いておきましょう。着たい服をとりあえず着てみるというのはどうでしょうか? 分かりますよ、あのお父様に精一杯のオシャレを踏みにじられた経験があるのでしょう? しかしこの部屋には私しかいませんからそんなことは起こりませんし、お母様の可愛らしい一面を知ればきっとお父様だって態度を変えてお母様のことを露骨に愛して――」
「黙りなさい」
びゃっ、と気おつけの姿勢に移行した。
今のは感情の乗った良い殺気だった。
顔を真っ赤にして言った言葉じゃなかったら、きっと今の一声で私の心中では大謝罪大会が始まっていたことだろうね。かーわいい〜。
舐め腐った思考がバレたのか、キッ! とお母様が睨んできたが、その瞳は恥ずかしさからか若干涙目になっているように見える。赤く染まった頬と併せたらもうツンデレさんの「そんなんじゃないんだからねっ!」ムーブにしか見えない。私のハートは著しいダメージを受けた。
「その顔でお父様に迫ったら一発でオトせると思いますよ」
「だ……黙りなさいと言っています」
お? 今ちょっと考えたね? 陥落するお父様の姿を想像したね??
お母様ってホントにお父様のこと大好きだよね。
私からしたら絶対にお母様はあの顔に騙されてるだけだと思うんだけど、本人が望んで騙されているというのならそれもひとつの幸せの形ではあると思う。
ほら、私とお兄様も世間的には認められない恋の形だけど、本人同士が好き合ってるから何の問題もないしね。外野がなんと言おうと幸せなものは幸せだもんね?
お母様の乙女心に理解を示している間に、お母様は胸に手を当てて深呼吸を繰り返し平静な自分を取り戻したようだ。いつもの理知的な表情に戻っていた。表面的には。
「……ソフィアの言う『魔法少女』というものが何かは未だによく分かりませんが、マリーはネフィリムさんをその想像上の何某かにしようと魔法を乱用している状態にある。そういう認識でいいのですね?」
「多分そうだと思いますけど、そもそも何を持って魔法少女と定義するかは人それぞれ――」
「そこの議論はもういいです」
あん、いけずぅ。
でもお母様の怒りは逸らせたから、結果としては上々なのかな? 魔法少女ってやっぱりすごいや!
魔王関連の重大な話が聞けるかと思いきや、語られたのは謎の少女活劇譚。英雄に憧れる子供そのもののお遊びだった。
アイリスは思った。
ソフィアの話を真面目に聞くと、最後には必ず馬鹿を見ると。無理に聞き出したところでろくな事にはならないことを理解した……。




