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時と場合を選ばない妄想にはリスクがあります


 私は知っている。魔法や魔物が存在するこの世界において「勇者」や「魔王」という単語が特別な意味を持っていることを。


 だが、私は知らない。それらの言葉が真にどのような意味を持ち、どれほど重要な役割に与えられる名称なのかを。


 それは(ひとえ)に、誰でもない私自身が、それらの情報を知り得る機会を(ことごと)く放棄してきたからに他ならない。


 ……半端に秘されていて聞いた大人達が不穏な空気になる単語とか、関わりたいと思うわけがないよね。


 私の魔法が異端だという自覚はある。自覚はあるが、これは私が私らしく生きる為に得た力だ。断じて勇者だ魔王だのというファンタジー世界に染まる為に得た力ではない。


 そんな暴論は機械オンチのお婆ちゃんに「エアコンのリモコン操作の仕方は覚えた? なら次はパソコンの基盤組んでみよっか」と言うくらいの理不尽さだと思う。うちにはパソコンなんてなかったから基盤が何かもよく分かってないけど、必要に応じて得た能力は必要だったから得た能力だと言うことだ。六法全書を手にした法律家がその他人をぶっ叩くのに適した分厚い書物を物理的な攻撃の用途で使用しないのと同じことだ。


 勇者側にしろ魔王側にしろ、関わった時点で波乱万丈な人生が約束されそうな情報なんてノーセンキュー。


 私は慎ましく、何も知らない可憐な乙女として生きていきたい。そうありたい。



 ――というわけで、幸福から遠ざかることが確定しそうな言葉なんて私は知りまっせーん。


 魔王とか、魔王将軍? 魔族やらなんやらの事とか、知ってることは全部お話するよ。でもそんなの興味ないから深い話は勘弁してね! というスタンスで聞かれたこと全てにホイホイ答えていたら、途中でお母様は遂に頭を抱えてしまった。真面目な人って生きるのが大変そうだなーって思っちゃうよね。もっと気楽に生きればいいのに。


「……つまり、貴女は。その同級生のネフィリムさんが、魔物退治の為にマリーを同行させていると。賢者アドラスの指示の元、その少女と協力して魔物の討伐をしているのだと、そう言っているのですね?」


「そう聞いていますよ?」


 ニュアンスは大分違う気はするけど、大筋では間違っていない。……と思う。


 私も詳しいことは知らないけど、あのネムちゃんのことだもん。やりたくない事は何されても「やだーっ!!」って駄々こねて拒否ると思う。


 魔物退治は十中八九ネムちゃんの趣味だろうけど……確証のないことをわざわざこちらから言う必要もないよね。聞かれてもいない余計なことを喋ったせいで拘束時間が伸びる、なんて愚かな結果になるのは避けたいからね。


 ……まあ早く解放されたところで、やりたいことがある訳でもないんだけどさ。


 個人的には「魔王将軍ペパーミント」と聞いて思い出した例のマリーの涙ぐましい努力によって成り立っている変身シーンを改良できないかな〜とか考えてはいるんだけど、改良したところでいつ使うんだという問題もある。「新しい魔法を試したい」とお母様を騙してフリッフリでキュアッキュアな年甲斐もない衣装を着せてあげるのも楽しそうだとは思うけれど、これは想像だけに留めておかないと私のその後が危ういからね。残念ながら実現させることは難しいだろうことは理解している。


 たとえ実際にお母様の服を着せ替えるのがメリーだとしてもお母様の矛先は絶対の絶対に私に向く。可愛い服を着たお母様の姿は、その恥ずかしがる表情も含めてそりゃあ格別の見応えはあるだろうが、リスクを考えるとその報酬に見合っているかは疑問符がつくと私は思う。


 何せ脳内であればどんな衣装だって着せ放題なのだ。

 バニーにゴスロリ、女教師風メガネスーツにグラビアアイドルが着るような露出が多い水着だって思いのままに着せ替えできちゃう。なんならメイド服を着せて私に奉仕してるところを妄想することだって想像の世界でなら可能なのだ。これではわざわざ無駄なリスクを犯す必要は薄いと言わざるを得ない。


 ……まあたとえ妄想に限ったとしても、必ずしもリスクがない訳では無いんだけどね。


「貴女の主張は分かりました。ですが……まだ、何かを隠していますね? 邪な思考が漏れていますよ」


 漏れてない漏れてない。バレてないってブラフだってこれ絶対だいじょぶ。


 だから慌ててはいけない。それは考えうる限り最悪の反応だ。


 ここはひとまず落ち着いて、それからゆっくりと打開策を――


「……急に静かになりましたね。これはどんな言い訳を聞かせてもらえるのかが楽しみですね?」


 さーせん。マジさーせん。一瞬でもお母様を欺き通せるとか考えてホントすいませんでした。だからその笑顔向けるのやめてください、怖すぎて泣いちゃう……。


 笑顔ひとつで完全に屈服させられた私は当然、なんとかお母様の怒りを収めようと考えたのだが……怒りの原因たる邪な思考、即ち「お母様を好き勝手する妄想」を話す訳にもいかず、どうにもならない状況に陥ってしまった。


 ――話すも地獄。話さざるも地獄。


 …………ど、どうしようこれ。


「――ソフィア?」


「ひぃ……」


 満面の笑みを浮かべるお母様を見て、私は完全に理解した。


 これはもうどうにもなりませんわ。


「(この期に及んでまだ隠し事をしようとするとは……果たして何をどこまで知っているのか。場合によっては陛下に報告を上げる必要もありそうですね)」

「(お母様に卑猥な服着せる妄想してたのどうやって言い訳しよう)」


互いが感じている緊迫感にかなりの差異があるようです。

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