意外性の爆弾
はい、そんなわけでね。今日という休日はお母様と過ごすことが決定しました。
「なんだこれ罰ゲームか」「昨日あれだけ頑張った私にこの仕打ちはないんじゃないか」なんて感想が浮かばないこともなかったんだけど、魔法に関する話ならお母様とするのが一番楽しい。
そこに昨日まで動作を停止していたメリーの話までつくと言われてしまえば、せっかくの休日を持て余しそうな私に選択の余地などなかったのだった。
斯くして朝食後、お兄様が家を出るのを心が引き裂かれそうな想いで見送った後、今度はお姉様が「行きたくなぁい」と駄々をこねるのを宥める手伝いなどさせられた果てに、私はお母様の執務室へと連れられて来たのだが……まさかここでも駄々っ子の相手をさせられることになるとは思わなかった。ひょっとしたら、お母様が私を誘った真の目的はこれだったのかもしれない。
「ねぇ、ご主人様。ご主人様は流石ね。悪意の量も、質も、そんじょそこらの人間とはくらべものにならないわ。近くにいてくれるだけで安心するの」
「そっかー。メリーが喜んでくれたのならよかったよー」
……お姉様の甘えっぷりにも困ったものだったけれど、どう対処するのが正解なのかわからない分、こちらの方が困惑度は上かな。てゆーか悪意のこと褒められるのは人間にとって褒め言葉にはならないからね?
メリーは私に抱かれたままつらつらと言葉を並べ立てている。普段は無駄に歩き回るのに今日に限っては私の腕の中から動こうとしていないのは、やはり悪意の補充的な意味合いが強いのだろうか……?
「残念です。やはり私の悪意程度ではソフィアには到底及ばないようですね」
お母様からえげつない冗談が飛んできたけど、これはどう答えるのが正解なんだか。いっそ無視しても構わないかな?
ぬいぐるみを抱いてる可愛い私の姿を見てご機嫌なようだし、お母様はもう放置でもいい気がしてきた。今日はメリーとの交流を深めることに専念しようかな。
「メリーが動けなくなったって聞いた時は驚いたけど、何事もなく元に戻れたみたいで良かったよ。私が神殿に行く以前とも何も変わりはないんだよね?」
「そうね、ご主人様。ご主人様から離れていたせいか魔力と悪意が足りていなかったようだけど、もう心配はいらないわ。ご主人様がそばにいるなら何も問題は起こらないわ」
んー……それって裏を返せば、私がそばにいないと問題が起きるってことかな?
となると、長い期間私から離れてネムちゃんと行動を共にしてるマリーとか今どうなってるんだろ。前にあった時は普通に動いてたけど、まさかネムちゃんが私と同等な悪意の持ち主……なんてことは流石に無いよね?
ぬいぐるみが動く原理とかわけわかめだから何が起きるか分からない怖さがあるな。
まあその意外性が面白いところでもあるんだけど、何かあったら私の責任になるだろうから取れる対策があるならきちんとしておく必要がある。確認くらいはしとかないとね。
というわけで、メリーにずばっと尋ねてみた。
「それってマリーはどうなるの? 私から随分長く離れてるけど問題は無いの? メリーと違って普通に長時間動けてるみたいだけど……?」
ネムちゃんに預けたマリーが動かなくなったという話は聞いていない。なんなら学院でも何度か念話を交わしている。
メリーが動かなくなった時とは何が違うのか。どんな条件が重要なのか。
それらを知ることによって少しでもメリー達のことを理解したいと思っているのだけど……それを完全に理解しちゃった時は多分、メリー達と同じようなぬいぐるみを量産出来るようになるんだよね。
従順にして有能な労働力を、好きなだけ量産……。
…………ま、まあ、今出来ないことは気にする必要も無いかな。お母様にだって倫理観はあるはずだしね!
「あの子のそばには悪意がいっぱいあるじゃない。だから何も心配はいらないのよ?」
「悪意が多量に、ですか? 詳しく聞いても?」
私が恐るべき未来に戦々恐々としている間にも話はどんどんと進んでゆく。お母様がすかさずツッコんだけど、私的にもそれは気になる話題だ。
ネムちゃんの周りの悪意……ああ、あの最低賢者がいたんだったか。あれは間違いなく私よりも悪意に満ち満ちた存在だろうね!!
私としては物凄く納得出来る理由だったのだけど、残念ながら事実とは異なったらしい。というかそれよりも更に困った情報がマリーの口……いや、魔力?
とにかく、マリーから発される事となってしまった。
「魔物の悪意が沢山あるでしょ? マリーが従えている人間……確か魔王将軍ペパーミントとかいったかしら。彼女に集まる悪意が充分にあるから悪意に困ったことは無いみたいよ」
「――魔王、ですって?」
……あわわ、やばいぃ。
何がやばいってお母様の雰囲気がやばい。怒りのオーラが背中から立ち昇っているのが見えるよ。
もはや全てを諦めて瞑目していると「ソフィア」と感情を一切感じさせない声が届いた。恐怖のあまり失神したことにして意識だけでもこの場から逃げ出したい。
「ソフィア」
「はい」
二回目早くない? 脊髄反射で返事しちゃったよ、本能が早くも屈服してらぁ。
怯懦に塗れた思考が何かしらの解決策を導き出す前に、お母様の鋭い眼光が私を射抜いた。
「驚いた様子が無いということは、貴女は今の話を知っていましたね? ――知っていることを、全て、今ここで、詳らかにしなさい。……分かっていることとは思いますが、もしも虚言を吐いたりしたら……」
言葉尻を濁し、ニコリと特上の笑みを浮かべたお母様と迂闊にも目を合わせてしまった私は、己の運命が今この瞬間に決定したことを否応も無く理解した……。
久々登場の魔王将軍ペパーミント。
かの自称将軍の変身用マスコットの任を全うするマリーは、どうやらメリーと念話で連絡を取り合っていたようです。
人間よりも余程高度な連絡手段を確立している、実に優秀なぬいぐるみです。




