日課が激しすぎたらしい
改めてお母様の真意を探ったところ、どうやらこのお散歩は私の体調を心配してのものだったらしいことが判明した。ツンデレにしても程度ってものがあると思う。
まあ心配してくれたのは素直に嬉しいし、ただのツンデレだと分かればツンケンした態度だって可愛らしく見えてくる。
ここからは変に怯える心配も無い分、実に気楽な朝の時間が――待っていたら良かったのになぁ……と思うも、既に後の祭りである。
「ソフィア、今のはなんですか? もしかして今のが日課なのですか? 以前見た時とは大分様子が違っているように見えたのですが。特殊な魔法を使う際には報告するようにといつも言って――」
先程、控えめながらも愛情深く「……ソフィアにばかり負担が掛かっていることは、私も申し訳なく思っています」とか言っていたお母様はどこへ言ったのだろうか。このお小言は負担になってないとでも思ってるんだろうか。
ていうか私も私だよね。なんで私ってこうも毎回、簡単に油断とかしちゃうんだろうね。
和やかな雰囲気のままお母様と別れて、それから朝の日課という順番にすれば何も問題は起こらなかったはずなのに。まさかフェル&エッテと一緒にやってるトレーニングがお母様に叱られる原因になるとは思わなかった。
んー、やっぱりお母様が美人すぎるせいかな。ツンデレお母様のデレ方が魅力的すぎて「こんな美人に悲しそうな顔なんて似合わない! ここはひとつ、私がいいとこ見せて笑顔にしてあげようかな!」みたいなことを思っちゃうんだよね。
で、いいとこ見せたつもりでフェルとエッテの猛攻を華麗に捌ききって見せたらこれですよ。私としては納得がいかないことこの上ない。せめて一言くらい褒めてくれたっていいのにねー。
「待ってください。私としては、お母様が何に驚いているのかが分からないのですが。フェルとの訓練の様子は以前にも見せたことがありましたよね? 魔法だって変なものは使ってませんよ」
「貴女の言葉は信用なりません。さっき使っていた魔法を全て羅列しなさい」
酷くね? やっぱりお母様のツンって強過ぎない?
こんなの何回も言われてたらお母様のこと苦手になっちゃうのも仕方のないことだと思うんだよね。
私のことを心配していないのならわざわざ嫌われるようなことなんて言う必要はなくて、私のやること為すこと無視すればいい。視界に入れないようにすればそれで済む。
そうしないってことは私のことを確かに大事に想ってくれてるんだろうけど、分かってたってこの物言いは心に来ますよ。もっと私に優しさをくれぇ〜。
「えーと、普段から使っている《身体強化》《気温変化》《体温調節》に《思考加速》を少し強めに。《聴覚強化》も効力を強めて視覚外からの情報を得るのに使っていますね。あ、《分割思考》も使って得た情報の把握と戦略的な思考を分けて考えてもいます。逆に周囲の魔力を把握する《探査》を使っていないのは、これはエッテが魔力の痕跡をわざと残すのが上手なせいで――」
「待ちなさい」
止められたので、素直にピタッと口を閉じる。いい子なソフィアちゃんは聞き分けがとても良いのです。
従順な態度を見せた私を一瞥したお母様は、私の顔をまじまじと見つめたあと、不意に天を仰いで溜め息を吐いた。心做しか目のハイライトが消えているような気がするが、これは私の気の所為かもしれない。普段から目を輝かせるようなタイプの人じゃないからね。
「ソフィア」
「はい」
なんでっしゃろ、とちょっぴりドキドキしながら返事をすると、意を決した様子のお母様が頭を抱えながら言った。
「……いつから、それ程の魔法を同時に使えるようになったのですか?」
いつから。
いつからって言われても……。
「……魔法を使い始めて、二年目くらいからでしょうか?」
「二年目!!?」
えっ、ちょっと待って。そんなに驚かれると流石に自信なくなってきた。
え、ええっと、常駐魔法は割と早めに考案してて……初めは確か夜中寝てる間の保湿効果とかを目的にして、魔法の維持に努めながら寝たりしてて……。
あ、でも同時可能数は徐々に上がったから二年目というのは違うかも。っていうかさっき上げた魔法の名称にしても、お母様に伝えた《身体強化》と今の私が使ってる《身体強化》はもはや別物レベルな気がする……。
うーむ、これはどう伝えたものだろうか。
さっきフェル達との勝負に使ってた《身体強化》は《思考加速》からの流れで俊敏な動作を可能とするもので、言わば普段使いの《身体強化》に備わった生身で包丁ですら弾き返す防御力を差し引いて、その分の魔力を敏捷値に割り振ったものだ。効果としては全く異なるが、だがどちらも魔法としては《身体強化》として使っている。
同時発動については……いくつかの魔法を普段から使い続ける癖をつけたら、いつの間にか常駐で発動している魔法が増えたとしか言いようがない。あるいは《分割思考》でそれぞれに魔法を使えば複数発動は出来るけど、お母様が聞きたがってたのは多分そーゆーことじゃないよね。
「普段からずーっと使い続けていたら、意識しなくても魔法を使っている状態を維持できるようになっただけです。目が悪い人が《視力強化》を使い続けている感覚に近いものだと思いますよ?」
「それとは魔法の規模が違うでしょう」
「……規模、ですか? ……一緒だと思いますけど?」
お母様は何を言っているのかしらん? と首を傾げると、お母様の視線の圧が増した。いえ惚けているわけではなくてですね?
んー……これはひょっとして、常駐魔法のことを誤解してらっしゃる? 前にもちゃんと説明したと思うんだけどなぁ……。
まさか健全な方の日課が責められるとは思わなかったソフィアちゃん。
これから魔法大好きお母様との魔法談義が始まります。




