喪神病の治療
流れ作業……といえば、これも流れ作業に入るのだろうか。
魔力を感知し、同質のものに変換した魔力で接続、覚醒を促す。ついでに魔力をちょぴっと注入。
言葉にすればこれだけのことではあるんだけど、魔法で全てを自動化できるほどの単純さではない。人によって残してる魔力の量に違いもあるし、何より魔力の質を合わせる工程は感覚的なものだ。人によって特性が異なるそれを自動化するのはちとツラい。
お母様の発想より生まれた自動化魔法《しゃべる君》を応用すれば、あわよくば治療の手間を大幅に短縮できるんじゃないか――なんてことも考えてたんだけどやっぱり無理だったね。治療に必要な工程を思えば「どうせ無理だろうなー」とは思ってたから落胆はない。そこはいいんだ。
問題は、この魔力の変換からの意識の接続。及びその際に生じる意識の流入である。
水に水混ぜたら、それってもう一種類の水しかないじゃん? 元の水がどれかとか分からなくなるじゃん? 私がやってる治療って割とそれに近いんだよね。
――魂は魔力で出来ている。
本来なら魔力の質は人によって違うので他人同士で混じり合うことなど起こらないが、私はこの喪神病の治療において自身の魔力を相手の性質に合わせている。なので気を抜くとふつーに混ざり合う。
これは《魔力視》でも密度以外は同定が得られる程度に高精度な変換をしているからこそ起こった弊害と言える。
魂とは、個人を形成する根源だ。私のやり方は、ともすれば自我の喪失すらも起こり得る危険な状態であることは言うまでもない。
そうであると分かっていながら、何故私はこんな方法で治療に臨んでいるのか。
それはもちろん、そうしないと相手の魔力を食っちゃうからである。
唯ちゃんの魔力の性質である「魔力の吸収」を引き起こすまでもなく、喪神病で弱った人の魔力では私の魔力と接触した時に起こる反発には耐えられない。覚醒を促すために魔力を接続した瞬間、最期に残された微小な魔力が「パチンっ」と消し飛んだって不思議は無いのだ。
なので魔力の性質を合わせるのは絶対に必要。
その上で自分の身を守るために必要なことはやってはいるけど、まーーこれが神経の磨り減る作業なのですわ。
ぶっちゃけね、混じるって言っても私の方の危険はほとんど無い。そもそも魔力の総量が違うから混じったところで変化なんてほとんど起こらないんだよね。
そりゃ極小の魔力でだってやりようによっては私の意識をのっとるくらいは出来るんだけど、それに加えて相手は意識だってない状態だからね。「俺は世界の神になる男!! だから女は全員俺の奴隷な!!」みたいな狂った思想のやつが寝たまま欲望全開にでもしてない限り、基本的には一方通行。私が相手の性格を変えちゃうくらいしか心配はない。
……でもさ、どうせなら元の人格のまま起こしてあげたいじゃん? 私の治療を受けた人が全員私みたいにお気楽な性格になっても困るからね?
私さえ気を付ければ、相手の魔力に何の影響も及ぼさずにただ目覚めさせることだって出来てしまう。
その「頑張ればできる」状況が私の妥協を許さない。結果、一人一人に割く時間が思ったよりも長くなってしまう。
疲労も溜まり治療効率も下がる。悪循環に入ったような状況だった。
――もちろんそんな私を救ってくれるのは、頼れる私のお兄様である!!!
「お兄様、疲れました!」
「うん、お疲れ様。どうする、膝に座る? それともソフィアが座って、僕は後ろから抱きしめた方がいいかな?」
ともすれば変態チックなこの発言。だがお兄様にそれをされるのだと思えば想像だけで天にも昇る心地になれるというものよ。
最初のうちは私が治療に専念している間、お兄様には椅子に座って待ってもらっていたのだけど……そうするとね? 治療終わりに起きた患者さんの相手をするお兄様と交代で私が休憩に入ると……なんと、お兄様の目を盗んでお兄様の温もりに包まれることが出来ちゃうのです!!
この最高に疲れが取れる椅子システムは最強だな、なんてことを思っていたんだけど、時間も忘れてぐへぐへしてたら話し終わったお兄様に一発でバレた。だが話はそこで終わらなかった。
お優しいお兄様はそこで私を責めたりなんかせずに、妖しい微笑みを浮かべて「……もっと休憩する?」なんて言って私を誘惑してきたのです!! もちろん光の速さで返事をしたよね!!!!
そして今では超越進化したお兄様椅子システムにて私の休憩時間はおよそ十秒にまで短縮された。この極楽椅子システムの回復力、マジ半端ないっす。幸せすぎて月までトべそう。
「はふぅ。……よしっ! 次行きますね!」
「うん。頑張ろうね」
うひひうひひ、お兄様と一緒の共同作業、とてもいいね。
この調子でいけば一時は諦めかけた今日中に終わらせるという目標も達成可能かもしれない。このペースなら十分に可能性はあるだろう。
このまま健気に病人を治療していって〜、そんでそんで、お兄様に「よく頑張ったね」って褒めてもらって……うふふふふ♪
うむ、やる気出てきた。この勢いのままいけるとこまで突き進んじゃおっと!
疲れでハイに。
ソフィアさんには気分が落ち込むと勢いで乗り切ろうとする悪癖があります。




