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恐怖の当日


 日々を気ままに。毎日楽しい生活を。


 そんな信条を持つ私にとって、王妃様の依頼は心理的に相当な負担だったらしい。


「嫌だなー」「面倒だなー」「でも断るなんて出来そうにないしなー」とうじうじしている内に気付けば当日を迎えていた。こ、こんなはずでは無かったのに……ッ!


「ソフィア、準備は出来たかい?」


「はいお兄様。いつでも出れます」


 まあお兄様と一日中一緒にいられるってのは私にとって最高の利点ではあるのだけども。


 それはそれとして、これから丸一日働き詰めになることを考えるとやっぱりやる気は出てこない。なんとか楽に終わらせる方法とかも考えたんだけど、結局今日になるまで、安全面でお母様の許可が出なさそうな方法しか考えつくことは出来なかった。


 こうなればもう一人ずつちまちまと治療するより他にない。


 何も考えずに……無心で……ひたすら治療をするだけの機械になろう。


「……がんばります」


 暇さえあれば直ぐにも萎え萎えになろうとする気力を振り絞って声を出せば、お兄様が優しく頭を撫でてくれた。


「うん。僕に出来ることは少ないけど、協力するから。一緒に頑張ろうね」


「はい」


 ……お兄様がいなかったらこれ、心が死んでたかも分からんね。



◇◇◇◇◇



 王宮から寄越された迎えの馬車乗って連れられた場所は、意外にも貴族街の中にあった。


 ミュラーの家よりも更に奥。他の公爵家が所有しているような敷地面積の広い土地をいくつか通り過ぎて辿り着いた場所は……王宮の所有、なのだろうか。ただの門番に騎士が立っている異様な雰囲気の建物だった。


 建物自体は少し古いくらいで特におかしい点も見当たらないものの、随所に違和感が散りばめられている感じがする。それは意匠の統一されていない服を着た使用人達だったり、とある地点を境に急に植えられた花が切り替わる植え込みだったりと、兎角不自然が付き纏うのだ。


 ……まるで昼間に迷い込んだお化け屋敷みたい。


 どことなく感じる不気味な雰囲気にかこつけて、お兄様の服の裾をぎゅっとしてみた。


 実際に怖い気持ちもあるんだけど、今はそれよりも「緊急時にはお兄様を守る!!」という意識が強い。私、今日ここには喪神病患者の治療の為に来たはずなのに、なんでこんな気分になってるんだろうね。


「お兄様。ここってどういう場所なんですか?」


「元はとあるお姫様の療養の場所だったと聞いているよ。それよりも、ほら。お出迎えが来たみたいだ」


 お兄様の言葉と同時に正面玄関の扉が開く。


 扉を押し開けたメイド服の後ろに控えていたのは、私を今日という地獄に叩き落とした人物だった。


「こんにちわ〜、聖女ちゃん。最近会えなくて寂しかったわぁ〜」


 ……王妃様って暇なのかな。こんなとこで待ち伏せするよりもっと他にしなきゃいけない仕事とかありそうなものだと思うんだけど。


 そんな感想はおくびにも出さずに、お母様仕込みの対貴族用挨拶を返す。


 堅苦しいのが苦手な私としては、この時点でもう気力がガンガンと削られている。この調子で本当に夜まで持つのかと不安になる塩梅だった。


 ――そんなことばかり考えていた私は、忘れていたのだ。目の前にいるこの人がお母様と同類で、決して気を許してはいけない相手だということを。


 王妃様は相変わらず楽しそうに笑っている。


 その楽しそうな笑顔のまま――不意に、その顔をお兄様へと向けた。


「聖女ちゃんはなんだか朝からお疲れのようね? ロランドくんはお兄さんとして、しっかり支えてあげないとね〜?」


「はい。勿論そのつもりです」


 お兄様からの嬉しい言葉が聞けたのに、何故だろうね。私は今、妙な寒気を感じているんだ。


 なんとなく、本当に何気なく寒気を感じる方向に目を向けてみると――なんとびっくり。扉の隙間から覗く無数の瞳と目が合ってしまったではありませんか。


 なるほどね。これだけの視線を向けられてたら落ち着かない気分になるのも当然だよね。


 魔力を広げて《探査》を使えば一目瞭然。


 今見えている人以外にも、隠れて様子を伺っている人がたくさんいることが判明した。


 意識があるってことは患者さんじゃないよね?

 病人の面倒を見てる人……にしては、雰囲気が違うような。


 誰だろうなーと思っていると、私の変化に目敏く気付いた王妃様がその答えを教えてくれた。


「あら、気付いちゃった? 彼等は今日治療してもらう予定の人達の家族や恋人……所謂大切な人というやつね。ロランドくんからは必要ないと言われていたのだけど、それでも本人達が『もしも何かの役に立てるのなら』って集まっちゃって。治療に際して何か頼みたいことが出来たら遠慮なく頼んじゃっていいわよ」


「……えー」


 いや、あの。そう言われましても。遠慮なく頼むには多分、相手の立場が強すぎるんですが。


 あそこにいるのとか王様の次に偉い公爵様ですよね? 一緒にいる人も確かとある侯爵家のご隠居様とかだったよーな気がする。そんなお歴々に頼み事とか無理ですよそんなの。


 流石に王妃様より位の高い人はいないみたいだけど、お母様があの面子を見たら「ソフィアは口を開かないように」とか言いますよきっと。頼み事したのバレたら叱られちゃう。てゆーか私も会話したくない。


 そんな私の心情を知ってか知らずか、王妃様はニコニコと楽しそうなままで「それじゃあ聖女ちゃん。今日はよろしくお願いね〜」なんて仰る。出来ることならぶっちして逃げ出したいがそうもいかない。はっ、もしかしてこれも外堀のうちかな?


「お兄様ぁ……」


「やることは変わらないから。周りの目なんて気にしなくていいよ」


 そうは言っても、期待の目がね……?


 これは手早く済ませるどころの話じゃない。

 一人一人慎重に慎重を重ねて取り組まないと、後でどんなことが言いがかりをつけられるか分からなくて恐ろしすぎるよ……!!


王妃様も治療優先で自重するように伝えたけれど、それでも堪えきれない人達が集まって来てしまったみたいですよ。

中にはウワサに名高い聖女の実力に疑念を抱く人もいるみたいで……?

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