復活のメリー、パートつー
「――どうですか? 何か問題が見つかりましたか?」
神様からも呆れられたチート魔法《時間遡行》によって過去へと舞い戻った私は、今度はきちんと魔力の性質を変換してからメリーの充電にあたっていた。
「いえ、何も。この分なら直ぐにも動き出すと思いますよ」
――魔力、よし。悪意もある。これなら問題は起きないだろう。
かつての未来では放置しててもメリーは勝手に復活してた。今更私が手を加えたところでそれは蛇足でしか無いのだけれど……これはせめてもの罪滅ぼしというか、お詫びというか。
……まあ、真実は単に私が楽になりたいが為だけに行われる代償行為に過ぎないのだけどね。
正直なところ、私だってこんな感情持て余してる。
私は確かに、意思持つ相手からその権利を奪った。
単純に考えるならこれは人殺しにも等しい行為ではあるが、メリーは人ではなく私の所有するぬいぐるみで、法的に人権は認められていない。屋敷内に限ってみてもその扱いはむしろペット枠より下のペットロボットとかに近かったと思う。
つまり私は、事実のみを抽出して客観的に見れば、今まで何故か独りでに喋り続けていたぬいぐるみを遂に調伏してもう二度と喋れないようにしちゃった我流美少女退魔師だと言える。いや、神殿所属なのだから超絶美少女エクソシストの方がより適切なのかもしれない。
そこは別にどちらだって良いのだが、要は「勝手に動いてたぬいぐるみを元の動かないぬいぐるみに戻しました」というなんら世にはばかることのない仕事をした職業人の鑑。実に【聖女】らしい悪魔祓いの務めを果たした正義の人という扱いを受けるよーな気がしないでもない。
……まあ、そんな事実は既に無かったことになった訳だし、私が話さなければどこに広まることも無いのだけど。
意図せず何かを、誰かを終わらせてしまったという事実は……結構心にクるものがあるなぁ……なんて、ね。
「ン……。ン、んんン…………」
そんなことを考えている間にメリーが起動。無事に目覚めを果たしたようだ。
……んー、改めて落ち着いた状態でこうして見ると、ぬいぐるみが動いてるのってやっぱそれなりに違和感あるな。起きたまま夢を見ている感じ?
そう考えてみると、さっき冗談で考えてた悪霊云々ってのも冗談の範疇で済まなくなるというか……。
魔力と悪意を原動力に、ぬいぐるみに取り憑いて自由気ままに動き回るって、それもう完全にオバケの要件満たしてますよねって感じ。
…………ふむ。つまりはメリー達はオバケだった?
その可能性はあるかもだけど、だから何だって話だよね。倒したら消えちゃう魔物のいる世界で今更オバケ程度がどうしたって話でもあるし、なんならお母様なんて「教育が施せるという点が素晴らしいですね」とか言い出してオバケの活用方法とか研究しそう。部屋中をメリーのお仲間の動くぬいぐるみ達が占める光景、実にシュールだ。
っと、メリーのように愛らしい見た目で魔法まで使えるぬいぐるみが量産されたらそれはそれで大問題になりそうだけど、そんな不毛な心配は一旦脇に置いておいて。今はこれから発せられるだろうメリーのあの言葉を止めなくてはならない。
メリーの知識はそのほとんどが私かお母様から得たものだ。
それはつまり、お母様が教えていない言葉は逆説的に私が教えたものだということに他ならない。もしもメリーが意味不明な戯言を吐けば、それはお母様に「あの子はいつも部屋ではあんな馬鹿なことを言っているのね……」と思われてしまうということだ。
……お、恐ろしや! そんな未来は絶対に防がなければならないよね!
「メリー、よかった! 気が付いたんだね!」
だから私は場を制す。
先手を打ってメリーを奪取することでいつでも遮音結界を張れる環境を構築すると共に、むぎゅっと抱き着くことで幼気な少女アピールも欠かさない。
ほらほら、どうですお母様? お母様はこういう、可愛い女の子が愛らしいぬいぐるみに抱き着いているような光景、お好みでしょう?
きゃっきゃと無邪気に喜びを表現しながら、魔法を用いて間接的にお母様の表情を確認する。
《遠隔視》まで用いて秘密裏に確認したお母様の顔は――何故か、とても胡散臭いものを眺めているような顔をしていた。
……な、なぜだ。なぜこの場面で疑えるのだ。
――お母様からプレゼントされたメリーが動かなくなった。魔力を注いで無事に復活。やったね! これでまた一緒に暮らせるね!
これじゃん。たったこれだけのことじゃん。疑う要素とかなくない?
ほらほらちゃんと見て。あなたの娘のソフィアちゃんはメリーがまた動き出したことにいたく感動して瞳の端には涙さえも浮かべていますよ。
だというのに、お母様からは一切喜びのような感情は伝わってこない。場の空気を拒絶する特殊フィールドでも張ってるのかと思う。流石名持ちの【無言の魔女】様は格が違った。
「――ソフィア」
「はいぃっ!」
ひょええしまった。あまりにもタイミングよく声をかけられたせいで声が、声が裏返ってしまったではありませんか!!
これではまるで私がやましいこと考えてたみたいに……あーっと、うん、でも本当にはそんなこと全然全く考えてなかったからね? 別に私は慌ててなんざおりませぬよ?
我ながらちょっぴり挙動不審になっていることを自覚しつつ、ビクビクしながら続く言葉を待っていると。
「済んだのなら、もう戻っても構いませんよ」
なんとびっくり、用済み宣言されちゃいました。
……って、いやいや……え? ホントに? メリー復活のこの場面でそんなこと言う? マジで??
さっさと眠れるのは嬉しいよーな、メリーと私が蔑ろにされてて悲しいよーな。なんともいえない微妙な気分になりつつも、私はそそくさとおやすみの挨拶を交わして早足で部屋へと戻るのだった。
結果良ければ全て良し。
もはやそれこそが絶対不変の理だからね! もうさっさと寝ちゃって切り替えようそうしよう、おやすみー!
ソフィアにこの時間帯は辛かろうと気遣ってみれば「用済みになった途端に!?」と被害者振られた母アイリス。
彼女は思った。
「引き留めても不満そうにするでしょうに。これだからソフィアの相手は面倒くさい……」と。
お互い相手に対して苦手意識があるようですね。




