お姉様の叱られ案件
いくら揺れを軽減したとしても、馬車って案外疲れるんだよね。
そんな馬車に揺られて帰ってきた私達を立ったまま休ませようとしないその所業。流石はお母様だと思っていたら、見兼ねたお兄様が動いてくれた。
「母上。報告することもありますから場所を移動しませんか? 二人も移動で疲れているようですので先に休ませてあげたいのですが」
お兄様の言葉を受けて、お母様の視線がちらりと私の方に向いた。それなりに疲れているのは事実だけど、ここでこれ見よがしに疲れた雰囲気なんか出せばまた叱られる原因になるかもしれない。
僅かな時間で考えた結果、神妙な顔でお口にチャックすることを決めた。それと同時に、何故かお姉様が私の小さな背中を盾にして隠れだした。
……いやいや。大きさ的にそれは明らかに無理があるでしょお姉様。むしろ私を背中に隠して?
「……二人も私に報告することがあるのでは?」
「それも含めて、先に僕の方から簡単な報告をさせてもらいますよ。その後により詳細な話が聞きたいと思ったら改めて呼び出せばいいじゃないですか。二人だってその方がいいよね?」
「「お兄様の言う通りです!!」」
二人で揃って声を上げた。
余りにも息の合った台詞に思わずお姉様と顔を見合わせると、どちらともなく片手を上げてハイタッチ。ニッ、と笑う私達を見てお母様がまた深い溜め息を吐いていた。
そんなに溜め息つくと幸せが逃げちゃうよー。もっと楽しい顔して生活しよ?
未だに私の背中から出てこないお姉様に一抹の不安を感じながらも、とりあえずお兄様がいる限りは最悪の事態だけは避けられるだろうと楽観的な自分がいる。
お兄様の目が黒いうちは私に危害を加えることなんて出来ないし、私が無事なうちはお兄様をどうにかするなんてできっこない。
つまり私達は最強の兄妹。
ここに社交性でお兄様の上をゆくお姉様も加えれば、その陣容はまさに鬼に金棒。お父様しか味方のいないお母様など取るに足らない存在――とまでは言えないけれど、とにかく、恐れるに足る存在では無くなるのだ!!
これぞソフィアちゃんの無敵モード! 破れるものなら破って見せろー!
でも本当に破ってくるのだけは勘弁してね!!! ふっはっはー!
お姉様の手によってジリジリとお母様の方へと押し出されつつある恐怖を吹き飛ばすためにも、せめて内心だけはと半ば過剰な程に勝ち誇っていると、お母様の突き刺すような視線攻撃が遂に耐えかねるレベルに達した。実の娘をよくもそこまで冷たい瞳で見据えられるものだと感心するよね。
「……ひとつだけ条件があります。アリシアはアジールのところで待っているように」
「えー」
なんだ、冷たい目で睨まれてたのはお姉様だったんだね。心配して損した。
お母様のあげた条件に間髪入れず不満そうな声を漏らしたお姉様だけど、今のは流石の私でも分かったぞ。
お姉様、神殿で暮らしてる間にアジールに会いに行ってないでしょ。自分の子供にそこまで無関心なのって母親としてどうなのかな?
未だに私にくっついているお姉様は先程よりも警戒レベルが下がっているように思う。
つまるところ、お姉様がずっと私を盾にしてまでお母様に叱られるのを防ぎたかった一件はこのことなのだと予想が着いた。逆に言えば、この件さえ乗り切ってしまえばこれ以上私達が叱られる理由は無くなるとも言える。
私は迷いなくお姉様を振り返った。
「お姉様、私からもお願いします。アジールと一緒にいてあげてください」
「ソフィアと一緒ならいいわよ!」
「分かりました。一緒に行きましょう」
即答すると、お姉様は「え、いいの?」と困惑したような反応を示した。お母様もまさか私が味方するとは思わなかったのか戸惑っている雰囲気が漏れ出している。私って二人にどんな風に思われてるんだ。
私、子供って好きだよ?
もちろん私に迷惑をかけない良い子に限るけどね。見た目が整ってたら更にいいよね。
その点アジールは理想に近い存在と言える。
まだ赤ちゃんなのにあまり泣かないし、その泣き方もあまりうるさいとは感じられない。単なるコミュニケーションの手段と分かる、大人しく品の良い泣き方なのだ。
なにより私の顔を見て喜んでくれるのが良い。
子供は素直だから、顔がしわくちゃの妖怪みたいな爺婆を見たら怖くて泣いたりもする。逆にイケメンや美人を見たら笑顔になる。私はもちろん綺麗で美人なお姉さん枠だ。
そう、お姉さんだ。アジールにとっての私は叔母ではあるがオバさんではない。みんなの妹でもなければ実年齢よりも幼く見える子供でもない。紛うことなきお姉さんなのだ!!
――いつの日にか、彼は私を憧れのお姉さんとして見てくれるだろう。
将来的にその可能性があるだけで私はどこまでも頑張れる。
そう、いつかかわいく育ったアジールから「そふぃあおねぇちゃんとけっこんするのー!」と言われる為に、今の時期からでも出来ることは色々とあるのだ……!
ロランドの提案に何も考えずに飛びついたことで母と一対一で話さなければならない機会を作ってしまったことに、ソフィアこの時、まだ気が付いてはいなかった。




