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大人ってなんだか大変そう


 別々の馬車に乗り込んでそれぞれが帰路に着く。


 いざ別れの時となると、それまでなんやかやと騒がしかったみんなが寂しそうにしていたのが、やけに私の印象に残っていた。



 ――とはいえ、そう感じたのも当然かもしれない。


 なにせ我が家の馬車だけは他のみんなのそれとは明らかに様相が違う。みんなが一人で帰るのに対して、我が家に戻る人員は五名にも及ぶ。


 お兄様とお姉様に加えてリンゼちゃんと唯ちゃんまでいるのに寂しいと感じなんてありえない。むしろこの閉所は私にとってのパラダイスですらあるかもしれない。


 そんなこの世の幸福を堪能していた私に、お兄様が優しい声音でその美声を響かせてくれた。


「神殿での生活は楽しかったかい?」


「はい! とっても楽しかったです!」


 特にお兄様との部屋が近いのが良かったのよね。魔力で強化した聴力があれば、実はあのくらいの距離ならギリギリ生活音が聞こえちゃうんだぜぃ、ふっへっへ。


 お兄様がベッドに腰を下ろす音。服を脱いで着替える音。

 疲れた様子で溜め息を吐く音や肩でもこったのか無防備に伸びをする声までもが余すことなく聞こえてきて、この一週間、なんだかイケナイことをしている気分になっていたことは私だけの秘密である。


 ちなみにこの世界、悪意が徹底的に排除されてる関係か覗きはともかく盗聴って悪事に入らないんだよね。理由はなんと相手に迷惑がかからないから。


 覗きだって犯罪というよりかは「気持ち悪いから見るな!!」ってノリ。


 バレた時のリスクが低すぎて「私は今、とってもイケナイをことをしている……!」という背徳感は望めないが、それでもこのイケナイ行為がもしもお兄様にバレた時のことを考えたら、中々に昂るものがあるというか……!


 ……うん、昂ってる場合じゃないね。思い出を反芻するのはこの辺りにしておこうかな。


 今はそれよりも目の前にいるお兄様を堪能することの方が重要だからね。調子にのってだらしない顔を晒したりなんかしたら目も当てられない。遠足は帰るまでが遠足ですので、ここはビシッと気を引き締めねば!


 心持ち姿勢を正した私は、素直な感想を言うことにした。


 尊敬する兄の言葉に常に全力で応える妹。

 それがきっと、お兄様の妹として正解の態度だと思いますので!!


「私としてはお兄様と一緒にいられる時間が多いのが嬉しかったです。屋敷で暮らしている時は、よく外出されていましたから……」


 それでも勿論言葉は選んで、庇護欲を掻き立てるようにしょぼーんと殊更(ことさら)に寂しがって見せるも、それでお兄様が特段慌てるようなことにはならなかった。


 ちぇー残念。お兄様が過剰に自分を責めないよう気にし過ぎてアピールがちょっと弱かったかな? 頭くらいは撫でてくれるかと思ったのになー。


 んー、やっぱりこーゆーのやり過ぎたかな。でも妹の見え見えの甘え方に困った顔で微笑んでるお兄様も素敵なんだよなぁ。何時間でも眺めていられそうだよ〜。


「ああ、そうだったね。神殿の責任者として仕事の持ち込みを許可されたのは幸運だったよ。僕もできれば、屋敷でも同じように持ち込んで仕事をしたいのだけど……」


 できればそうしたいのは山々だけど、お兄様としても難しい理由がある、と。


 ほーん……それってお兄様と私の時間を奪っている悪の元凶(上司)がどこぞに居るってこと? ……やっちゃおっか? 洗脳。


 お兄様の行動を縛れるってことは王城に勤めるお偉いさんだよな、と頭の中で計画を練っていたが。


「僕の仕事は実際に足を運ばなくちゃいけないことが多いからね。しばらく顔を出さない代わりに、普段は部下にやらせてる仕事を貰ってきたんだ」


 との話を聞いて思いなおした。


 なんだ、どうやら処すべき対象は何処にも存在しなかったらしい。

 ……それはそれで良かったことのはずなのに、なんだかちょっと残念な感じぃ。


 つまりはお兄様はどうしたって忙しいってことじゃん。相手の人に足を運ばせるとか出来ないのかな?


 まあ私達家族はお兄様がどれだけ優秀かを知っているけど、世間での評価はまだまだ学院を出たばかりの新米だからね。きっと実績とか貫禄がまだちょっとだけ足りないんだろうなー。一目見たらすぐに優秀さは分かるんだけどね。


 世間の評価ってやつはいつだってままならない……なんて悲劇のヒロインぶったことを考えていたら、お姉様がむぎゅっと私に抱きついてきた。


 どうでもいいけど、胸の膨らみには精神を落ち着ける効果があると思うの。

 貧乳の私でも思うんだもん。男の人相手に使ったら洗脳魔法より効きそうだよね。


「その仕事を私もやらされてたんですけど〜。むしろロランドより頑張ってたんですけど〜!」


 私の肩に顎を乗せ、まるで子供みたいにぶーぶー文句を垂れ始めたので、手をぐいーんと伸ばしてお姉様の頭をよしよしと撫でてあげた。ほにゃりと緩んだ口元からはもうお兄様を責める言葉は出てこない。


「お姉様はいつも私達の為に頑張ってくれてますもんね。私はちゃんと分かってますよ」


「うう〜、ソフィア〜」


 うーん、お姉様って嫁いでからなんだか甘えたがりさんになっちゃったよね。前はもう少しキリッとした印象だったんだけどなぁ。


 まあ大人になると色々あるんだろう。


 屋敷に戻ったらお母様がいるし、素を出せる貴重な場所として、今だけはもう少しこのままでいさせてあげようかな。


 ……正直なところ、美人さんなお姉様がふにゃふにゃになって甘えてるくるのは可愛いしね!


アリシアを愛でることに全力を費やしていたソフィアは気付かなかった。

ソフィアの所有権を奪い取った姉が敬愛する兄に勝ち誇っていたことも。また兄の方も、そんな姉に対して暗黒微笑を向けていたことなど、全く気付く気配はなかったのだった……。

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