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剣姫様は逃げるのが嫌なんだってさ


 みんなが周囲の風景を思い思いに楽しんでいる中で、ただ一人だけ決戦のバトルフィールドを睨みつけるような表情をしていたミュラーが私の方に寄ってきた。エッテとの対決に臨む心の準備は整ったらしい。


「ソフィアは何をしてるの?」


「魔法使って疲れたからね。ちょっと休憩してた」


 カレンちゃんに膝枕された状態のままで答えると、ミュラーの視線がカレンちゃんに向いた。笑顔で頷きを返すカレンちゃん。


 てっきりカイルのように呆れられるかと思ったのだが、再度私を見たミュラーの視線は何故か鋭くて。


 その顔を不思議に思って見上げていたら、やけに真剣味を帯びた声音で問い掛けられた。


「……カレンの膝で?」


「カレンの膝で」


 そこそんなに気にするとこかな?


 そんなに真面目な顔して考え込んでるのを見ると、内心のアテレコが「私もカレンにお願いしたらソフィアと同じようにしてもらえるのかしら……?」しか思いつかないんだけど、そんな訳はないよね。ミュラーの真意が全く読めない。


 私としては目の前に触り心地の良さそうな太ももがあったらなでなでしたり頭を乗っけたりしたくなるのは至極当然の感情だと思うのだけど、私の普通が世間の普通と多少ズレている自覚はある。ミュラーにとって私の普通は、それはもう頭を悩ませたところでとても正解に辿り着くことなど出来ない難解な謎だったりするんだろうな。


 真面目な顔してそうも一心に見つめられると、折角の膝枕も癒し効果が半減だなー、なんてことを考えていると、ミュラーがとんでもないことを言い出した。


「カレンの膝で休むと、ソフィアは魔力が回復するの?」


「そんなわけないでしょ」


 何言い出すのこの子。カレンちゃんとの模擬戦で頭でも打ったの?


 唯ちゃんの膝ならワンチャンありそうな気がしないでもないけど、美少女の膝で眠るだけで魔力が回復するなら貴族の女の子たちの価値がとんでもないことになっちゃうよ。騎士の頭を代わる代わる膝に乗せる美少女たちとか、そんな世にも恐ろしい就労施設が騎士団内に創設される世界とか嫌すぎるでしょ。


 ただミュラーのとんでも発言に戸惑ってるカレンちゃんはバチくそ可愛かったので、ミュラーの謎な勘違いも良しとしましょう。


 膝枕では魔力が回復することはないけど、精神力は回復するのだ。


 そして精神力さえ回復してしまえば、多少の疲労感なんてどこかにすっ飛んでいってしまうのですよ! おういえー!


 充填された元気を原動力に、よいしょおー! と腕の勢いを使って跳ね起きる。


 カレンちゃんのお膝に休ませてくれたことへのお礼を述べて、フェルと戯れていたエッテを呼びつけ顔を上げた。


「それじゃ、準備が出来たら始めよっか。そこの森に入って、先ずはあっちの辺りまで行ってみようか。そんなに奥まで行かなくていいからね。私達が見えるくらいのところで、エッテから出来るだけ逃げ回ってみてね」


「私が逃げるの?」


 あ、そこからですか。そうね、ミュラーは逃げるのとか明らかに嫌いっぽい雰囲気してるもんね。


「エッテ。ミュラーがエッテのこと捕まえたいんだって。ちょっと遊んであげてくれる?」


「キュイ〜?」


 私がお願いすると、エッテはおもむろに二足で立ち上がり「え〜? そんなことできるわけないじゃん〜」とばかりに両手を胸の辺りにまで上げて、嘆息するような仕草までして見せてくれた。相変わらず感情表現が豊かっていうか、ちょっと知能が高すぎるよねこの子ら。


「……もしかして私、今この動物に馬鹿にされたの?」


「嫌になるほど飼い主に似てるよな」


 なんだと。おいカイル、今のは絶対「ソフィアに似て頭がいいなぁ」って意味じゃなかっただろ。「生意気」だとか「ムカつく顔してる」だとか思ってそうな顔してた。絶対思ってる時の顔してたって今ぁ!!


 ほんぬぁー! と怒りをあらわにしようとしたんだけど、その直前、エッテが嫌そうな顔をしているのが目に入った。私に似てると言われて不満を露わにするとは何事か。イタチ鍋にして食べちゃうぞこら。


「キュッ!?」


 なんて考えた途端に逃げられた。


 ちゃんと目で追える速度で逃げている以上、あれは冗談と理解した上での反応だろう。冗談すら解するペットとか新しすぎるね。


「まあソフィアよりは可愛げがあるな」


「…………」


 おちつけぇー。わたしぃー。


 カイルの悪口は構ってちゃんの証。

 素直に「僕にも構ってぇ〜」とすら言えない子供相手に本気で怒るなんてそんなそんな。


 ……はー、ミュラーがエッテに遊ばれるの見て癒されよっと。


「ほらほらミュラー。追いかけないの?」


「あら、もう始めていいの? それじゃ……行くわよっ!!」


 ドンッ!! と周囲の空気すらも震わせて飛び出したミュラーが一直線にエッテへと向かう。


 その姿は、さながら兎を追う獅子のように力強く。一見すぐにでも追いついてしまうように見えるけれど――


「ま、無理だよねぇ」


 チラと迫るミュラーを確認したエッテが「キュ」とひと鳴きすれば、次の瞬間には十メートル以上離れた場所へと移動していた。


 エッテやフェルが本気で逃げたら私だって捕まえられないんだよ。いくら《加護》で底上げしてても素直に真っ直ぐ追い掛けるなんて、無謀以外の何物でもないんだよねぇ。


「……お茶の準備をしている傍で、あんまり暴れないで欲しいのよね……」

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