「過去一の悪寒が背筋を走った」
「ソフィア! 魔力が少ない状態での訓練……思ってたよりもいいわね!」
成長が止まっていることを愚痴る私に、毒にも薬にもならない言葉で面倒くさそうに答えるカイル。
そんな構図を繰り返していたら、気付いた時には中庭に行ったはずのミュラーたちが戻ってくる程の時間が過ぎてたようだ。なんてこったい。
奇しくも楽しくない時間も過ぎるのが早い事が証明されてしまった。
そんな検証結果が得られたところで何も嬉しいことなんて無いけど、カイル相手に愚痴を言いまくったせいか自分でも知らないうちに溜まっていた私の不満は大分改善されたように思う。また機会があったらカイルに愚痴ろっと。
「それは良かったねー。魔力が少ない状態での《加護》も魔力を精密に動かす練習になっただろうし、ミュラーにとっては一石二鳥だったかもね」
「一石二鳥ってなに?」
「あー、一羽の鳥を狙って石投げたら運良く二羽の鳥に当たった、みたいな話。要は二つの利点が同時に達成できて良かったねってこと」
「石を投げて鳥を狙うの? なぜ? ……まさかソフィアは普段からそんな訓練をしてるから目がいいのね!?」
「ええー……」
なんでそうなる。鳥が欲しけりゃ素直に魔法で仕留めちゃうよ。なんならフェルかエッテに頼んだっていいしね。
悪意が無いこの世界では意味無く無抵抗な小動物を殺傷する人こそいないけれど、それでもイタズラに虫を殺す子供は存在する。そこに「面白い」という理由さえあれば、野鳥を的にした石投げ遊びが流行してしまう恐れはあるのだ。
ここでミュラーの誤解を放置すれば、知らないうちに「あの剣姫がしている特殊な訓練方法があるらしい」なんて噂が市井を飛び交う可能性も否めない。
ここはハッキリと否定しておこう。
「そんな訓練したことないよ。私が日常的にしてる訓練は……えっと、毎朝ペットと鬼ごっこしてるんだけど……」
「鬼ごっこ」
再度ミュラーの頭に浮かぶはてなマーク。
ですよね、知ってた。
日本の慣用句とか遊びの名前とか知るわけないよね。これはどう考えても私が悪い。
あーんもう、カイルと話しすぎてどうにも気が緩んじゃってる感じがするな〜。
「言い間違えた。追いかけっこね、追いかけっこ。動物ってほら、基本的な動きが人よりもよっぽど俊敏じゃない? だから二匹のペットに触れられないよう動き回る訓練をしてるんだよね」
「へえ……」
話を聞いたミュラーがスゥッと目を細めて好戦的に笑ってるけど、私がその訓練に力入れ始めたのほとんどミュラーのせいだからね? ミュラーに勝つための秘密特訓とかじゃないからね?
私が毎朝訓練するのは勝つためじゃなくて、単なる私の生存戦略。
天才的な戦闘能力を持つ友人に付け狙われても万が一を起こすことなく生き延びるための涙ぐましい努力だから、そこんところをどうか勘違いしないで欲しい。
……勘違いしないで欲しいけど、まあ無理だろうなぁ。だってミュラーだもんなぁ。
「えーと……ミュラーもやってみる?」
「いいの? ソフィアの家にだけ伝わる特殊な訓練だと思ったのだけど、そうでないのなら是非ともお願いしたいわね」
ミュラーは私の家をいったいなんだと思っているのか。
お母様は国でも数名しかいない賢者【無言の魔女】として一部ではかなり有名らしいけれど、お父様は私から言わせりゃ一般人の極みみたいな人だからね。昔は剣を降ってたこともあるらしいけど、今なら多分お兄様よりも弱いんじゃないかな。特殊な訓練法なんてあるわけがない。
っていうか、ミュラーの家にはそういった訓練法があるのかな?
剣聖道場に通っている他の人達と比べても【剣聖】と【剣姫】ミュラーの強さは群を抜いてる。血筋の者にしか伝えられない特別な知識があるのだとしたら、その断絶したような強さの差にも納得がいくというものだ。
「何度も言うけど、私はミュラーとは違って普通の家に生まれた普通の子だからね。特別な強さなんて求められたこともないよ。……っと。フェルー、エッテー。暇ならおいでー」
寝床まで繋がる《アイテムボックス》を開き、テーブルを指先でコンコンとノック。
すぐに私の腕を伝って二匹の獣が姿を現した。
「毎朝私としてる追いかけっこがあるでしょ? あれをあそこにいるお姉さんも体験したいんだって。お願いできる?」
「キュッ」
「キュイィッ!」
「いいよー」と言わんばかりの軽い調子で答えるフェルに対して、エッテはミュラーの姿を確認するなり「負けないよ!」とばかりに気合を入れていた。
……え、なにこれ、どういうこと?
エッテってもっと「代わりにこれくらいのお菓子をお願いね!」とか要求してくるタイプじゃなかったっけ? まあやる気がある分にはいいのだけど……。
エッテに何があったのか、フェルに聞いてみるべきなのかなぁと考えていたところで、ミュラーが不満そうな態度も隠さずに聞いてきた。
「……ソフィア、もしかして私をからかっているの? その大きさの小動物と追いかけっこだなんて勝負になるわけないでしょう」
侮られたとでも思ったのか、憤懣やるかたないといったご様子のミュラーだけど、むしろ侮ってるのはミュラーの方なんだよなぁ。フェルもエッテも可愛いし、気持ちはとてもよく分かるんだけどね。
「フェル」
「キュッ」
「わっ!?」
呼びかけると同時、ミュラーの傍らに立っていたカレンちゃんの足元にフェルの姿が移動していた。そして――
「エッテ」
「キュイッ!」
「わわわっ!?」
再び呼びかけると、勿論エッテもカレンちゃんの傍に。
日本の妖怪、鎌鼬の性質を持つ二匹のフェレット。
目にも止まらぬその本気の走りを前にして、ミュラーは怖いくらいに目を見開き、瞳をギラギラと輝かせていた。
……いやぁ、その顔本気で怖いよ、ミュラーさん……?
その頃、神殿の雑務を一身に担う幼きメイド、リンゼちゃんは。
「このお皿?」
「その横にある平たいのをお願い。あの身体だから高さがない方が良いみたいなの。私は先に二人への冷たい飲み物を出してくるわね」
訓練から戻ったミュラー達に飲み物を用意しつつ、フェルとエッテが現れた途端、報酬のお菓子も必要になると判断し唯と共にさっさと準備を完了していた。
有能!圧倒的有能ロリメイド!!




