世界の危機は回避されました
唯ちゃんがカイルに惚れたら世界がピンチ。
そんな世界線に生きる私に出来ることなんて、精々カイルの思考を読んで「どんなに顔が良くたって男は所詮ケダモノなんだよ! 心の中ではこーんなに下劣なことを考えてるんだから!」という情報を唯ちゃんこっそり横流しすることくらいだった。
本当は唯ちゃんがカイルのことをどう思ってるのか知れたら一番なんだけどねー。唯ちゃんは魔力が濃すぎて私の魔法が通らないからねー。仕方ないねー。
心の中だけで言い訳を済ませ、魔法を発動する準備に入った。
「魔力の練習はどれくらいしてるんだ?」
「こちらに来てすぐに始めたので……ひと月くらいになると思います」
「……あ、あぁ、そうか。いや、そんな短い期間であれだけ出来るなんて優秀だな。それだけ優秀なら家族もきっと自慢の娘と思ってるだろうな」
「……そう、でしょうか。もしそうだったら……嬉しい、ですけど」
……あれ、カイルってばグッドコミュニケーションに失敗してない? 唯ちゃん悲しませるとか何やってんの。
いや下手に好感度稼がれても困るから、むしろこの流れは歓迎すべき……ああああ、でも唯ちゃんの悲しんでる顔も見たくない。私はいったいどうすればいいんだァー!?
とりあえず今は、読心の魔法でカイルの本心を調べちゃおうねっ!
素で使ったところでバレるわけも無いんだけど、他人の心を覗き込む行為にはやっぱりそこはかとない後ろめたさがある。それが親しい友人のものともなればなおさらだ。
相手がカイルなら、まあ多少は気安くもあるのが幸いだけど。
とにかく、念のため誰にも見られてないタイミングを見計らって――《読心》!!
魔法を発動するのと同時、優しい瞳で唯ちゃんを見ているカイルの心の声が聞こえてきた。その内容に耳を澄ませば――
「(はあー。やっぱ優秀ってだけで性格が歪むわけはないんだよなぁ。世の中には才能があってもこんなに性格が良い子もいるってのに、ソフィアはなんであんな風になっちまったのか……。やっぱ家族に甘やかされ過ぎてるせいなんじゃないか? ……もしかして俺にも原因があったりすんのかなぁ)」
――お、おおぅ。
えーっと、なんだ。どっからツッコめばいいんだコレ。
まずはその雑誌の表紙にでも載れそうな甘いマスクで微笑みかけつつ、内心では別の女のことを考えてる不誠実っぷりを責めるべきか? それとも心の中でさえ私の悪口を言ってるその頑丈すぎる反抗心を褒めるべきか? 全くわからん。
っていうか、なんかカイルってば目線が私の保護者っぽくないかな。
前にお母様が似たような愚痴零してるのを聞いたことがあるんだけど、なにが悲しゅうて異性の幼馴染みから同じような台詞を言われにゃならんのか。
いやまあ、別に直接言われた訳じゃないけど。私が勝手に聞き耳立ててるだけではあるんだけどさ。
そもそもカイルのせいで〜とか傲慢も甚だしい。
私がカイルの成長に関与した自覚はあるけど、逆っていうのは…………あー、常識部分の形成については、参考にさせてもらった部分は結構あるけど。でもそれだけだし。別にカイルから影響とか受けてませんし?
私の性格は子供の頃からずっと変わってないんだからね!!
これだけは自信を持って断言できる。ソフィアとして生まれ変わった私の心は、赤ちゃんの時からこんなもんだと。紛うことなきJKの系譜の先にあるお気楽至上な性格こそが私の魂の原点であると。
……あー。でも、そうか。改めて考えると、それも結構問題な気がしてきた。
赤ちゃんとして生まれ変わって少しした頃や、愛らしさ限界突破系幼女として家族に可愛がられる絶頂期など。私は確かに自意識が幼くなっているのを感じていたはずだ。
精神と肉体は密接な関係にある。
故に、幼い身体に引っ張られて精神も多少若返っているのではないかと。当時の私はそのように推察し納得もしていた。
……で、その理論が正しいならね。私の精神は身体の成長と共に大人びていかなくちゃおかしくはないかね、と思うわけ。確かに身体はあんまり成長してないかもだけど、それにしたって心の成長が据え置きし過ぎじゃありませんかと。今更かもしれないけれど、私はそんな懸念を抱いたわけだ。
――一瞬で赤ちゃんに逆行したあの時とは違い、徐々に変化していく内面に私自身が気付いてないだけ?
――あるいは異世界に渡った影響だとかで、精神面に特別な変化が……と考えるには、子供の頃に精神が幼くなった理由に説明がつかないかな。
うーむ、悩ましい。正解が分からない気持ち悪さは残るけども、とりあえず最初に《読心》を使った目的については暫定的な答えが得られたといえる。
即ち、現時点でカイルが唯ちゃんに恋心を抱いている様子はない。
これならあの手が使える。
少女漫画でよくある「まさか憧れのお兄さんに恋人がいたなんて……!」からの「傷心の私にちょっかいをかけてくるクラスの男子が、実は前から私のことを……?」コンボが――って、別にコンボにする必要は無かったね。幼い子供同士の恋愛なんて恐ろしいだけだ。そもそも唯ちゃん、クラスメイトとかいないし。
唯ちゃんがカイルを想っているのかは分からないけれど、そこまで好印象を抱くような出来事も無かった……と思う。
折角教えた魔力を抑制する技術を無駄にしない為にも、カイルには是非とも大人しくしていてもらいたいものだ。
「ソフィアの周りにはスゲー奴しかいないのなんなの。実はみんな俺みたいにソフィアの実験台にでもされてんのか?」




