今日もお母様案件が発生しました
皆でのんびりと魔力操作の練習。
――そんな理想的な環境は、僅か一時間足らずで崩壊の兆しを見せていた。
崩壊の始まりを告げるのはもちろんこの人。
三度の飯よりも戦闘行為が大々大好きな剣姫さんである。
「――飽きたわ」
ずっと見ていたから知っている。ミュラーは真面目に取り組んでいたにも関わらず、魔力操作の技術が大して上達しなかったのだ。
一方のカレンちゃんは、手のひらにくっついた魔力球程度なら多分もう作れる……はず。
確証がない言い方になってしまうのは、魔力球よりも更に難易度の高い魔石生成……の、前段階くらいの魔力圧縮が、カレンちゃんには既に出来ているからだった。
魔力は通常、人の目には見えないものだ。
だが魔力がある一点を中心として過剰に集まるようなことがあれば、《魔力視》がなくとも見えるように物質化することがある。それこそが私が発見した魔石生成のプロセスである。
魔石とは、生命の根源たる魔力を人にも使い易い形にして地上へと齎された、神からの恩恵――というのが世に広く知られた説ではあるが、その慈悲深いとされる女神様と直接話した私は知っている。魔物が魔石を落とすのは、ただの自然現象だということを。
むしろその現象が起こる理由を突きつめていけば、人から悪意を取り除くとかいう無理無茶無謀の三拍子が揃った強硬策によって女神側が想定していなかった魔物が生まれた事に端を発する、失策の集大成みたいな存在なのだ、魔石ってやつは。女神が与えた恩恵どころか、女神すら想定していなかったアイテムなのだ。
魔力は通常、人の目には見えないものだ。
けれど凝縮された魔力の結晶であるところの魔石は肉眼でも観測できる。
魔石とはこの世界においてイレギュラーを極めた、見ることも触れることも出来る唯一の魔力の形なのだ。
……で、このどー考えても人の身に余りそうな魔石の真実。
カレンちゃんは私が教えた魔力操作をどう解釈したのか、魔力球を作り出す試行錯誤を繰り返す中で、偶然ながらも魔石の出来損ないみたいなやつを作り出すことに成功してしまったのだ。魔力の収束がイマイチだったからすぐに霧散してしまったけれど、万が一にでも「このやり方で魔石が作れる」ということに気付いてしまえば、あとはもう真実に辿り着くまで時間の問題。これは確実にお母様案件である。
……天才に何かを教えるの、もうトラウマになりそう。何が起こるか分からないのが怖すぎる。
噛み合う歯車がひとつ違えばこの神殿くらい軽く吹き飛ぶ魔力が暴発するんだよ? こんなのやだよう。
暴走したらもっとも危険なはずの魔力を持つ唯ちゃんが一番安心出来るとか狂ってる。
いやまあ、安心という意味でいえば、発想も能力も総魔力量でさえも想定をほとんど越えないカイルの方が、よっぽど安心出来る存在なのかもしれないけど。
たまーにちょっとびっくりするくらいの成長速度を見せるだけのカイルがどれほど心休まる存在か。ことある毎に天才性を見せつけてくるカレンちゃんたちといるとその違いをしみじみ実感するよね。
カイルの平凡さってマジ癒し。
煽りなっちゃうから、本人には言わないけどね。
「ソフィア。他の練習方法はないの? このやり方で上達できる気がしないんだけど!」
っと、どうやらお姫様が我慢の限界を迎えたらしい。上達を実感出来なければ誰だって嫌になるものだけど、ミュラーの場合はそれよりも身体を動かさない今の状況の方に飽きているように見える。ふむ、どうするべきか。
「んー……。魔力の形成の仕方は言葉にして伝えるのが難しいんだよね。感覚的な要素が大きいから。あえて言うなら球状である必要は無いから、もっとミュラーにとって身近な……例えば木剣の形にしてみるのとかどう? 剣が無い状態でも魔力で剣が作れたら、ミュラーの大好きな最強の座に近づけると――」
言いながら手の中に魔力を集め、木剣モドキを作ってみたら――突然の悪寒を感じて、身体がぶるるんっ! と震えてしまった。超局所的な寒波が訪れた気分。気温調節魔法さんは仕事して〜。
殺気にも似た強烈な気配の元へと視線を向けると、そこには、まるで牙を剥いた肉食獣を思わせる凄絶な笑みを浮かべたミュラーがいた。見開いた目をギラギラと輝かせながら私の手元を凝視している。私ってアホだね。
「……ちなみにそれ、強度はどのくらいあるの?」
「それはミュラーの努力次第かな!」
「ソフィアが今作ったものの話をしてるんだけど」
「魔力で補強した木剣と同じくらいかと!」
確かめる必要はありません! 質問には全て喜んでお答えします!! だからその木剣に手をかけてる手を今すぐに離して!? 魔力の訓練に木剣とか必要ないでしょ!!?
今にも殴り掛かって来そうなミュラーからじりじりと距離をとる。
ハッ! と気付いて魔力をすぐさま霧散させれば、ミュラーは残念そうにして怖い気配を引っ込めてくれた。……あ、危なかったぁ〜!
「……ソフィア? 今のって、なに? 急に手の中に現れたけど……?」
「え? なにって、そりゃ――」
そりゃ魔力から作ったんだから急に現れるのは当然、と答えようとして、私は今更にして自分がしたことの重大さに気付いた。
……今、私って魔力を固めて剣の形にしたね? カレンちゃんのを真似て思い付きでとんでもない事したね?
魔石が人為的に作れることはお母様案件。
つまりは世間に公表したらダメなやつってこと。
私が今見せたのも間違いなくそれに連なる特殊な魔力の運用で。
……あああ、やる気満々になっちゃったミュラーってどうやったら止まるの? ガス欠になるまで放置しかないかな……?
「……またなんか失敗したのか。ソフィアは本当にバカだな」
「……あの、カイルさんは本当にソフィアさんとお付き合いはされていないんですか?それにしては、その、やけに熱い視線を向けているような……」
「アイツが一番見てて面白くない?」
「…………それは、まあ、その、……たしかに、そういう面はありますけど。……ソフィアさんって表情が豊かですよね」
「だよなぁ」




