アリシア視点:女神様キター!
屋敷へと向かう馬車の中。
私の気分は下り坂を転がり落ちている真っ最中だった。
「も〜〜、ロランドも気が利かないわよね。せっかくのソフィアとの休日を……」
愚痴を言ってところで現状は何も変わらない。そんなことは分かってる。
それでも、しゅんと凹んだソフィアのあの顔を見てしまっては、ロランドへの不満が噴出するのを止められなかった。
「せっかく、せっかくソフィアが誘ってくれたのにぃ〜……。次はいつこっちに来られるか分からないのにぃ〜……!」
……いえ、私だって本当は分かってはいるのよ。真に怒るべき相手はお母様。そんなことくらい分かってはいるのだけどね!?
たとえ元凶はお母様でも、この役割分担を考えたのはロランドだもの。計算高いあの子なら、今日ソフィアがあんな誘いを掛けてくれることを予想していたって不思議じゃない。
ロランドとお母様は本当によく似ていると思う。
正論を重ねて相手の感情を捩じ伏せるようなやり口など、嫌になるくらいにそっくりだ。
――そんなお母様が、色んな人の手を借りてまで密かな計画を推し進めているというのだから困ったものよね。
お母様は分かっていない。いや、忘れてしまったというのが正しいかしら。
ソフィアがお母様の手の上で操られているのは、ソフィアがそうあることを望んでいるからに過ぎないということ。
あの可愛いソフィアが本当の本気で感情を爆発させたらいったい何が起きるのか――。それは誰にだって分からないのよ?
◇◇◇◇◇
「何が起きるかは分からなくとも、対処自体は簡単なことよ。要は彼女が魔法を使えない環境を作ればいいんでしょ? そんなの、あのロランドとかいう男の子を量産して襲わせれば万事解決。ほら、何も問題は起きないじゃない?」
お母様が待っていると案内された部屋に到着した途端、まるで心を読んだかのように飛び込んできた言葉を耳にして、思わず足が止まってしまった。
――空いた口が塞がらなかった。
それは見知らぬ女が発する尋常ならざる気配が原因ではない。
ましてやその女が本来ならお父様が座るべき上座に傲慢な態度で座っているからでも、こんな失礼な態度をとる女をあの礼儀にうるさいお母様が見逃している驚きからでもなかった。
――この女、ソフィアのことをよく分かってる。
こんな危険な女が家にいるなんて聞いてないわよ、ロランド。帰ったら文句を言ってあげなくちゃね。
努めて平静な態度を装いながら、私は社交的な笑顔を作った。
「……失礼ですが、貴女は何方の家の方ですか? 我が家の問題に口を出す権利があると――」
「アリシア。控えなさい」
なおも言い募ろうとする私の言葉をピシャリと断ち切ったのは、あろうことかお母様だった。その事実にこそ今日一番の驚愕を隠し得ない。
……まさかこの人、【無言の魔女】であるお母様よりも格上なの? なんでそんな人がわざわざ今日、この家になんか来ているのよ。
ソフィア関連の面倒事は大体お母様かロランドに任せてはいたけれど、私だってメルクリス家の一員だもの。常人よりも優れた知略は立てられると自負している。友人の危機を救った経験だって一度や二度じゃ済まないんだから。
……そんな私の勘が告げている。
目の前のこの女は、私やロランドの頭脳をも凌駕する可能性を秘めていると――
「失礼致しました、ヨル様。順序が逆転してしまいましたが、こちらが我が家の長女アリシアです。……ソフィアへの愛が最も深いのは、もしかすると彼女かもしれないと、私共は思っております」
――思っていたのだけど、お母様の言葉を聞いた途端にそんな思考は吹き飛んでしまった。何よお母様、意外と私達のことを分かってるじゃない!!
ヨルというのがソフィアやロランドから聞いていた女神の名であると辿り着くのと同時、私の全身から緊張感が抜けた。そう、彼女は女神様なの。それならこの存在感も納得よね。
そして同時に、こうも思った。
――女神でもこの程度なら、ソフィアは確かに――
ふっ、と思考を切り替える。危ない危ない、こんな迂闊なことしてたら私がロランドに怒られちゃうわ。
全くあの子も心配性が過ぎるんだから。少しはこのお姉ちゃんを信じなさいっての!
「貴女が女神ヨル様でしたか。先程の無礼をお詫び申し上げます。そちらにいる母アイリスや妹のソフィアからお話は伺っておりましたが、まさか今日こうしてお会い出来るとは夢にも思わず……。神殿ではリンゼさんとも仲良くさせて頂いていたので、そちらからは面識があるという形になるのでしょうか?」
表面上は取り繕いながら、心の中だけで思う。
――ああ、どうしようかしら。本当に女神様に人の心を読むチカラがあるのなら、私のソフィア愛も余すことなく伝わってしまうでしょうね! ああ、困ったわ!! 私の姉妹愛を通じて女神様が恋愛を学んでしまったら、それって私の責任になっちゃうのかしら!?
にこにこと心からの笑顔を浮かべる私を見て、お母様が胡散臭いものを見るような目をしているのが視界に入った。
……もしかしてお母様ってば、私の慇懃な態度を怪しんでいるの?
でも私から言わせてもらえれば、お母様の方がおかしいんだからね!? なによ、ヨルさんに対するその態度は! お母様がそんなに相手を立ててる場面なんて、私初めて見たんだからね!?
ロランドお兄ちゃんとアリシアお姉ちゃんは、ソフィアの知らないところで対お母様勢力への対応を幾度も協議しています。
――ただし、アリシアがその時に相談した通りに動くかはまた別の話。
何故なら彼女は、紛うことなきソフィアの姉なので!その場の雰囲気とかノリとか、感情が訴えかける欲望には逆らえないのだ!!
 




