嘘は言ってないもーん
――カイルがこの身長なってからは初めて見たかも。
私が目にして、いっそ懐かしくすら感じたのは、特大級の後悔に歪むカイルの痛々しい表情だった。
その青く染まった顔を見ただけで、カイルがどれだけ先程の行いを反省しているのかが分かる。だって私はカイルの幼馴染みだからね。
なんならちょっと解説でもしてみようかしら。
――えー、はい。カイルの僅かな表情の変化からその心情を正確に読み取る、幼馴染みのプロを自称するこの私。神様もが羨む特級美少女ソフィアちゃんの見解としましてはですね。この顔はカイルの人生を振り返っても一、二位を争うほどのトップレベルの失態を心底から悔やんでいる感情を表しているのではないかと。そのように思いますねー、はい。
もしもが有り得たという絶望。
あるいは、絶望の未来を引き起こすだけの力を軽々しく振るってしまったという己への後悔。
重く圧し掛る自責の念を自覚し、もう自分でもどうしていいのか分からず、頭の中がぐっちゃぐちゃ。
そんな混乱を窮めた感情が、カイルの自己を苛んでいる真っ最中なのではないかと推察されますー。以上、解説終わりっ!
――気分で始めたお遊びを唐突に断ち切る。
本当ならもうちょっと解説者ごっこで遊んでいたいところだったんだけど、この世界では感情の振れ幅に制限があるのを忘れてた。カイルの魔力が異常な膨らみを見せ、もう今にも飛び出しそうになってる。もう猶予が無さそうやばばばば。
とりあえずカイルを落ち着かせるべく、深刻さを打ち消す文言を一瞬のうちに組み立てた。
「まあ私ならカイルの攻撃程度は簡単に防御できたから問題ないけど、人によってはホントに危ないからところだったんだからね! これからはちゃんと注意すること! 分かった?」
「ああ……」
あー、うーん、まだダメか。ほんのちょっぴり持ち直したけど、本当にちょびっと。焼け石に水って感じ。
うーむむ……これ言うと逆に怒られそうだから言いたくなかったんだけど、こうなったら仕方ないかな。カイルがこの場で倒れる方が面倒な事になりそうだし、私も覚悟を決めるとしよう。
加速した思考の中で方針を決定。
カイルの喪神病までのリミットが残り幾ばくも無いことを肌に感じつつ、カイルを正気に戻せるだろう言葉を叩きつけた。
「ってゆーか実際のところ、本当は魔力の塊を人にぶつけたところでそんなに危険なんて無いんだけどね! カイルって悪ぶってる癖にやたら純粋で嘘とかすぐに引っ掛かるよねー! いい顔だったよっ!」
「ああ……本当に悪かっ………………、え? ……は? オマエ今なんつった?」
お、復活した。顔を見る限り、感情もしっかり回復してるね。魔力の方も問題なし、峠は越えたと。いやー良かった良かった一安心だね☆
ギ、ギ、ギ、と壊れたロボットのような歪な動きで、気味悪く見開いた瞳が私を捉えた。背筋にゾクリとするものを感じながら、とりあえずその視線に「てへぺろっ」と媚びを売っておいた。
……さて、じゃあ私の方は耳を塞がせてもらおうかなっと。
ソフィアちゃんはただいまより、聞か猿さんになります! ごめんあそばせっ!
私がきゅっと耳を塞いで縮こまった直後、カイル山が大噴火した。
「おまっ、おま、お前ェ……っ! お前マジふっっっざけんなよ!!? 言っていい冗談と悪い冗談があるだろうがァッッ!!!」
「うひぃ〜」
わー、カイル超怒ってるぅ〜。ソフィアちゃんこわぁ〜い。
塞いだ手の平を余裕で貫通する怒鳴り声にしゃがみこんでイヤイヤしてると、そんな私の態度が気に触ったのか、カイルが鬼の形相で近づいてきた。
あ、そっちのパターンいっちゃう? 幼馴染みとして忠告するけど、たとえどんな理由があろうと女の子に暴力振るうのは良くないと思うな。女の子っていうか私に向けるなってだけの話なんだけどね。
「オイ、聞いてんのか!!?」
髪を掴もうとでもしたら即座に反撃してやろうと身構えてたんだけど、カイルは意外にも私と同じようにしゃがみこんで、恫喝するように顔を覗き込んでくるに留めた。これはこれで威圧感凄いけど、暴力振るわなかったことだけは褒めてやろう。幼い頃から「女の子には優しく」って調教してきた甲斐があったねこりゃ。
紳士的なその態度に免じてこれ以上イジめるのは許してあげよう。
「そんな怒鳴らなくても聞こえてるよ〜。そもそもカイルはなんでそんなに怒ってんの? さっき私が岩壊したの見たよね? あんな危ないものを向けた謝罪をまだ聞いてないんですけど〜」
「それはお前が……ッ! ……ん? いや待て、なんだ? どこからどこまでが嘘なんだ? ……さっさと立って説明しろこのチビ」
「チ……っ!?」
ほ、ほほぉ……? ま、まあ私は大人ですから? ガキの煽り文句くらい余裕で聞き流せますけどぉ〜?
こめかみをピクピクさせながら立ち上がると、カイルも一歩も引かずに立ち上がった。てか真ん前に立つと改めて邪魔くさいなこのデカブツ。魔法で半分程地面に埋めてやろうか。
しばらく睨んでも引く気配が見られなかったので、仕方なく、精神的に大人のこの私が! 適切な距離を取ってあげることにした。
別にカイルのデカさにビビってるとかではなく、単に気の利かないこのアホが邪魔で鬱陶しくて近くにいたくもなかっただけなので、そこだけはどうか誤解なきよう、ご理解頂きたいと思う。
荒々しい鼻息も、口角から飛ばす唾さえも届かない岩の残骸の前へと辿り着き、私はゆっくりと口を開いた。
「まず、私が言ったのは全部本当のこと。魔力が持つ特性、性質、……そして危険性。ちゃんと説明するから、今度こそよーっく聞いてなさいよ?」
私がニヤリと、見えるように唇を動かすと。カイルはとても嫌そうに片眉を上げた。
「け、喧嘩するのかと思った。……びっくりしたね?」
「そうね。……何があったのか、詳しいことは知らないけれど。カイルがソフィアに弄ばれてることだけは確かみたいね」




