《身体強化》のお勉強
カイルのアホ面、ご馳走様でーす。ひとつ賢くなれて良かったね!
そんな心情でいたのを見抜かれたのだと思う。
憮然としていたカイルが、それまでの調子に乗っていた態度が嘘みたいに不機嫌そうな顔をすると「もう一回やる」とボソリと呟き、返事も聞かないまま気合を入れた拳を放った。ガッ! と良い音は響いたものの、岩は全く欠けてなかった。
カイルさあ……。あんたそれ、もう最高すぎ……ッ! あっはははははっ!
そ……ッ、それさぁ? 世間一般では「恥の上塗り」って言うの、知ってる?
カッコつけたかったのにカッコつかなかったねぇ! 残念だったねぇ、カイルくぅん!! あはははは!!
流石に爆笑しては可哀想だと口元を抑えてプルプル震えて笑っていたら、カイルが「うるせぇ黙れ死ね」と言いたげな視線でこちらを思いっきり睨んでいた。
ただし、その顔は……堪えきれない恥ずかしさで、可哀想なくらい赤く染っていた。
「くふっ……! んっ、ふふぅ……! んふっ、くふふ……!」
「……………………」
や、やめてーー! その負け犬の視線やめてぇー! お腹がよじれるッ!!
もう私の負けでいいから、岩にボロ負けしたの忘れるから許してぇー!! そんな目で見つめられたら、私死んじゃう! 笑いすぎて死んじゃうよォ!
「んふ、ふっ、……ふぅー。はぁ……ふぅ……。…………んふっ」
「……笑ってんじゃねぇよ」
んぐふっ、やめてよ! 折角落ち着いたのにまた笑わせるのやめてくれない!?
更なる深呼吸を繰り返し、私は何とか落ち着きを取り戻すことに成功した。おのれカイルめ、この私をここまで追い詰めるとは……中々やるな!
「それで! 説明してくれんだろ!! 早くしろよ!!」
「はいはい。えーっとね、今起こったことを説明するとぉ……」
笑いの余韻が後を引く中、大声を出すことでしか気恥ずかしさを乗り越えられない哀れなカイルの相手をする。
せめてもの情けとして、まるで幼い子供の相手をするように優しくしてあげようと心に決めた。穏やかな気持ちで言葉を選んで、出来るだけ親切な解説を心掛けてあげるよ。感謝してよね。
「《身体強化》って、基本的に身体の強度を増すだけの魔法なのね。筋肉を強化して早く動けるようになったり、その分だけ身体を丈夫にしたりはするけど、物凄い攻撃力が身につくような魔法じゃないの。
……で、ここからが本題。身体が石みたいに硬くなったとして、じゃあ石と石をぶつけ合ったらあの柱みたいに一方だけが壊れると思う? 岩を殴ってみたカイルだったらもう答えは分かってるよね」
「……《身体強化》して殴っても、壊れない」
よくできました、と示すように頷きを返す。
まだ不満気な様子は見えるものの、大人しく話を聞く気にはなったらしい。きちんと話を聞く心構えが出来た生徒に、理解したいと願う欲求を促すような説明を続けた。
「そう、壊れないの。厳密に言えば壊せはするんだけど、ただの《身体強化》じゃあの柱の壊れ方はありえない。あれをするにはまた別の魔力の扱い方が必要になるんだよ。……まー先に答えを言っちゃうと、カレンが無意識にやってるやつなんだけどね」
言いながらを当人の様子を見てみると、カッコンカッコンとテンポの良いリズムを絶え間なく打ち鳴らしている最中だった。木剣同士を打ち合わせるウォーミングアップみたいなのだけど、簡単そうな見た目とは裏腹にそろそろ速度がウォーミングアップの範疇じゃなくなってる気がする。あのままどこまで速くするつもりなんだろうね?
……まあ私に関係ないなら何でもいいや。
あちらのことはあちらに任せる。
私は大人しくカイルへの説明を続けるとしましょうかね。
改めてカイルと向き合い、《魔力視》を使うように促した。私が手に集めた魔力をよく見ているようにと指示を出し、そのまま岩に手を置いた。
「カイルは偶然出来たちゃったみたいだけど、普通に危険だから一応やり方は教えておくね。と言ってもやり方自体は簡単で、集めた魔力を……《弾けろッ》!」
バゴンッ! という破砕音と共に、カイルのパンチでは傷一つ付かなかった岩の一角が見事に崩れた。驚きに目を見開くカイルの向こうでミュラーとカレンちゃんが地味に注目しているのが見える。そんな見ないで。
「――ってやると、弾けるみたいな? 要は魔力込めて『壊れろ!』って意思を叩きつける感じね。多分だけど、カイルも柱にぶつかりそうになったとき無意識に『邪魔だどけ!』みたいなこと考えたんじゃないかな。あ、ちなみにそれで壊せちゃうのは全くすごいことじゃなくて、むしろ反対。それは《身体強化》の魔力が安定してないって証明だからね! そこだけは勘違いしないよーに!」
念の為に調子乗りポイントを強調して潰しておいたら、向こう側で流れ弾に当たったカレンちゃんが見るからに落ち込んでいた。「集中しなさい」とミュラーにダメ出しをされてる姿が見える。なんかごめんね。
でも言ってることは事実だから反省はしない。
「つまりは魔力! 魔力の扱いが全ての基本なの! はい、それが分かったら今日もちゃっちゃと練習始めてね。余計なことしないで、ちまちまと魔力を弄くっててね」
はい今日の仕事おわりぃー! とばかりに岩を《アイテムボックス》の中にしまうと、「あっ」と露骨に残念そうな声がした。
魔力操作に岩なんて必要ないからね。突然片付けるよ? 決まってるじゃん。
ある程度上達したらまた出してあげてもいいけど、普通は一朝一夕でそんな上手くはならないからね。精々私を認めさせるくらいに頑張りなさいな!
……まあそれを言ったら《遠隔視》や《身体強化》だって簡単じゃないんだけど……って。
い、いやいやそんな。まさか昨日に続いて今日もすぐに習得、なんてことは……まさかだよねぇ?
幼少期からの経験により「ソフィアが言うなら出来るんだろうな」とまるで疑わない下地がカイルにはある。
なお彼よりも未熟ながら、それでも優秀な習得速度を見せた少女は「ミュラーより強いソフィアが言うことだもん以下略」とその強さを支える能力への厚過ぎる信頼があった。
ソフィアちゃんはみんなからの信頼を勝ち得ていますよ!




