真面目に魔法の試験を受けよう
申し訳ありませんお兄様。
ソフィアがおバカなばっかりに、あんな小さな桶すら埋められないという屈辱的な記録を残すことになってしまいました。
かくなる上は試験など関係なく、この建物を沈めるくらいの水は余裕で出せるんだぞと証明するべきでしょうか。
「落ち着いてください。試験の続きということでいいんですよね? ロランドくんの最新の記録はこの距離でしたから、同じ距離でやってみますか?」
ねっ、ねっ、と合図を送ってくるヘレナ先生。
ああ、そっか。ダメって本気出すなってことね。
危うく早とちりするところだった。
そうとも、冷静になって考えれば簡単なことだ。
魔法の試験は一発勝負じゃない。
四属性のうちのひとつが終わっただけ。あと三回もチャンスは残ってる。
水の成績が悪くても他の成績が良ければまだ汚名は返上できるはずだ。
新入生にしてお兄様と同じくらいの成績を残せれば、それは二年で優秀なお兄様が自慢するに相応しいと認められることだろう。
その上、水は不得手という弱点を残すことでお兄様の上を行くことも無い。万が一にも「兄より妹の方が優秀」なんて話が出ないように、これからは細心の注意を払う必要があるかな。
もしも、もしもの話だけれど。お兄様に疎まれるようなことになったら生きていけない自信があるからね、私。心が死んで廃人の様になるよきっと。
「準備が整いました。ソフィアさん、どうぞ」
っと、風の試験か。
ヘレナさんが用意してくれたのは火の点いたロウソク。五メートルは離れてそうだけど問題は無い。
ただ、傍目で見るとあまりに地味でしょーもなさそうな試験内容だと思ってたのに、実際にこの場所に立つと思ったよりも標的が小さくて案外難しいかもとは思った。
これだけの距離があったら風をしっかりとした形にして射出しないと届かなさそう。風は起こすだけなら簡単でも、狙って叩きつけるのはコツがいるからね。
これは鍛錬になるかも。
今回なら、うーん、よし決めた。小さい的に小さいものを当てることにしよう。
大きさはビー玉くらい。空気を固めて飛ばしてロウソクの火に当てる。名前を付けるとしたら《空気弾》かな? もちろん口に出して言うことは無いけど。
この程度なら失敗はないだろう。
魔法の練習とはいえ、お兄様の名誉がかかってるんだから万が一にも失敗しないよう頑張ろう。
念には念を入れて、成功するイメージを一度しっかりと思い浮かべてから詠唱を始めた。
「偉大なる風の精霊よ。その御力を持ちて、大空にそよぐ風をここに。≪風よ来たれ≫」
詠唱には慣れないけど、魔法を使うのは慣れたものだ。
圧縮率が低いために無色透明な空気弾を弾丸のように放つ。
身体強化の魔法によって魔力の可視化と動体視力の向上を果たした目が、放たれた弾丸を見失わずに追うことを可能にする。
ロウソクに点いた小さな灯火の中心を正確に射貫き、壁にぶつかって霧散するまでを見届けて思い通りの結果が出せたことに満足すれば、もう少し難易度を上げても良かったかも、なんて調子の良い考えすら浮かんでくる。
ふふん、どうよ。これがお兄様自慢の妹ですよ!!
ドヤ顔で周囲の反応をチラ見してみた。
あれ? なんか思ってた反応と違う。もっとこう、「おおーっ!」みたいなの期待してたんだけど、なんかザワザワしてる。聖女の残り火でも再燃したかな?
「ソフィアちゃんやりすぎです!」
ヘレナ先生が耳打ちしてきた。こっそりと叫ぶなんて器用ですね。
やりすぎと言われても、お兄様が出来たんなら私にできてもそんなに変じゃないと思う。
魔力視で見られてもバレないように弾速も早めにしたし、壁にぶつかった時の音だってほとんどしなかった。
ロウソクの火だってしっかり揺れて……あれ、消えてる?
……やりすぎたね!
アイリスにソフィアのことを頼まれたヘレナ先生の心中お察しするにあまりある。
これから三年間頑張ってね。