魔物が出たよ怖いよう
地面に風景が落ちている。うん、頭がおかしいのかな?
いやいやなんで残ってるの!? おかしいでしょ!? そもそも何で出来てるのこれ感触キモすぎなんですけど!
持ち上げてみる。
間違いなく私が作り、剥がし、投棄したものだ。作った本人ですら何か分からない何かだ。
どうしようこれ。だって風景もう戻ってるし。
改めて目を向ける。
流れる川、青々と茂る木々に草花。もはや普通の風景しかない。
地面に目を落とす。
縒れてくしゃくしゃになった……私が剥がした風景。ほんともう、どうしよう。
思わず途方に暮れる。
あれ? そういえば。
もう一度川の方を見る。普通の風景に戻っている。私が戻した。
手を伸ばす。手の先に親指くらいの大きさの黄色い点が浮かんだ。
宙に浮かんだ黄色い点が、回転しながら大きくなっていく。その中心に小さな穴が開いた。黒い穴が。
さらに大きくなっていく。
拡大が止まった時、大きく口を開いたその内側にはさっきみたばかりの異空間。
ふむ。
次に、地面に落ちていた風景を広げてみる。
うん。感触さえ悪くなければ迷彩マントにでもするのに。結局何物質なんだこれは。
考えに没頭していると唐突に葉擦れの音がして森から黒い何かが飛び出してきた。
結構でかい。
その形を認識して、引き攣った悲鳴が出た。大型犬くらいの、狼の魔物だろうか。魔物は初めて見たけど、だって、黒い炎の塊で形作られたような生き物なんて、私は知らない。
目が無い。口が無い。声を発しない。
そして輪郭が、揺れている。
炎のようにゆらゆらと頼りなげに見えるのに、風には決して靡かない。
圧倒的な存在感。
その異様に目が離せない。
先生が言っていた。
魔物は悪い気の集まりで出来ている。人に害を成すモノ。見れば一目で分かります。
分かるよ分かるけどなにこれチョー怖い首筋がチリチリぞわぞわするよう先生助けて。
全身が震えている。思わず後ずさり、
「ひいぃっ!」
無意識に握り締めた謎物質の感触に悲鳴が出た。そして思い出した。
私は魔法が使える。戦闘力のない村人じゃない。幼い魔法使いAだ。敵はアレだ。アレは始まりの街のスライム相当。大丈夫楽勝だスライムなんて一撃だだって魔法使いの攻撃力は全職中一番なんだからねっ!
混乱する頭のままにとりあえず謎マントを体に巻いて隠蔽率の向上を企んでみた。だって怖いもん! 犬だし効かないだろうけどもしかするかもじゃん!
誰に言い訳しているのか、私は何をしているのか。きっと今私の目はぐるぐる渦巻きになっている。
ヤツが私を狙っているのが分かる。
じりじりと距離を詰めてくる恐怖に負けて、私は叫んだ。
「≪風よ切り裂け!≫」
数少ない攻撃魔法。
本来採集用のそれをでっかくして、すっぱりいっちゃえ! とぶっ放す。
すっぱりいった。魔物は縦二つに分かたれた。
「ひいいぃぃっ!」
あまりの光景にまた悲鳴を上げてしまった。だって、だってなんだかんだいって狼だし! 動き早そうだったし! もしかしたら避けるかもって!
蹲りながら横目でずっと見ていた魔物は、思わず幻視した血も臓物も撒き散らすことなく、風に溶けるように消えた。それこそ夢でも見ていたように。
あれが魔物。
こ……怖かったよう。
まだ心臓がばくばくしてる。
とんだ休憩になってしまった。今日は厄日かもしれない。
こういう日にはアップルパイを食べよう。甘いものを食べてすべて忘れよう。
アイテムボックスだって成功したし出来立てのまま保存する方法はアイゼンで考えようそうしよう。一刻も早くこの森を出たい。
体に纏っていた謎物質製の謎物質をぽいっと開きっぱなしだったアイテムボックスに放り込んで閉じる。
さあ行こう今行こう、これ以上の魔物に会わない内に今行こう。
そんな考えこそがフラグだよ! と云わんばかりに大きく響く葉擦れの音。奇しくもさっきの魔物が現れたのと同じ場所だ。
もおヤダぁ! と涙目で風魔法を構えたところで聞こえてきたのは。
「確かにこっちの方で聞こえたんだ! ……え? 女の子!?」
女の子の声。
慌てて魔法を取り消した。
声に遅れて現れたのはお姉様と同い年くらいの女の子。
なんでこんなところに女の子が?
おまえが言うか