理想の姉兄
エマージェンシー発動! エマージェンシー発動!
お兄様にカイルとの関係を誤解されてる気がするうぅぅッゥウウウ!??
突如降って湧いた異常事態に、ズララッ! と魔法を緊急発動。
困った事態に陥った時に実質一瞬で物事を判断する為に、私は《並列思考》と《思考加速》の併せ技を瞬間的に発動できるように昔から地道に訓練をしていたのだ。
そう、まさに「こんなこともあろうかと!」ってやつ!
軽い《思考加速》なら常時発動してるようなものではあるけど、まさかこんな使い方をする羽目になるなんて夢にも思っていなかったよね!?!
分割する思考、引き伸ばした時間の中で、慌てながらも冷静な対処も同時に進めてゆく。火照った顔を魔法で通常の状態に戻し、問題の根本原因についての考察、解決に向けての手順を確認する。
……もう全員の記憶吹っ飛ばしちゃえばいいんじゃない? と思わなくもないけど、お兄様とお姉様がいる時点でその手段は使えない。あと多分だけど、唯ちゃんにもレジストされそうだしね。
となると、正攻法か。やはり口か。口八丁でやり過ごすしか手は無いのか。
……使うのは頭で、必要なのは口なのに、手は無いとはこれ如何に。
いや頭と口だけあればいいから手は要らないってことなのか。
いやいや違うな。「〜しか手が無い」というのは慣用句で、手というのは将棋の言葉で、選べる手段という意味だ。ひとつの道しか正解がないという意味だ。相手を騙すのに手は必要ないという意味じゃない。何もかもが間違っている。
下らない思考を高速で垂れ流し、論理的思考を回復する。
焦っても何も良い事はない。ここはクールにいこうじゃないか。
そう、まずはお兄様にカイルとの誤解を訂正して――
反射的にカイルの顔を視界に入れて、また顔が熱を持ち始めたのを感じた。ああああああ。誤解? 何が誤解なもんかああ恥ずかしい。
流石は私のお兄様。私のことを誰よりも理解してらっしゃる。
そうとも、まずは認めなければ立ち直れまい。
私は確かにカイルとの悪口の応酬を楽しいと感じてますよ悪かったね!!!
心中で叫ぶように認めることで、問題の解決に一歩近付いたのを感じた。時間は引き延ばしているとはいえ無限ではない。急がないと。
いっそこのまま時間を止めて不貞寝でもすれば気持ちも落ち着くんじゃないかと考えたりもしたが、そこまでするのは、なんか、ほら。私が本当にカイルの事を好きみたいじゃない? マジでそーゆーんじゃないからそこまでは必要ないっていうかさ。
そうだ、思わず固まって赤面してしまったのは不覚ではあったものの、あれは別に「カイルに恋してるのがバレちゃった〜、いやん♪」とかそーゆーのではない。いやホントに。
どちらかと言えば、今のは普段クール振ってる人物が通学中見つけた猫に対して「にゃにゃ? そんなところでどうしたのかにゃ?」と猫語で話しかけているのを家族や友人に見られたといった場面に近いと思う。
……いや、これも私の経験談とかじゃないんだけどね?
要はこれは、私の最も信頼しているお兄様に、家族以外の……それも同世代の男に甘えている事実がバレていたのが恥ずかしくなってて赤面した、ということに過ぎないのだ。
…………いや、まあね。「過ぎないのだ」で済ませられない精神ダメージではあるんだけども。
現状でも大分ダメージは受けてるんだけど、本当の問題はこの先にある。
私がカイルに甘えていたということを説明するには、私が悪意の存在する別世界から来た人間で、なおかつ意地悪が通じず邪気が一切存在しないこの世界の人間のことを「気持ち悪い」と思っていたことから説明する必要がある。ついでに幼いカイルを見初めて私に都合の良い友人に仕立てあげたという話もあって……。
まあ、要は何から何まで説明出来ない事だらけってことだね。
本当のところ、それでも家族であるお兄様とお姉様にはある程度のところまでは私の気持ちがバレちゃってたとは思ってるが、ミュラーとカレンちゃんにはさっぱりだろう。私の感じていた孤独をカイルで慰めていた、なんて言ったらどんな邪推をされることか。てかそもそもカイル相手に感謝してるっぽいことなんて言いたくないし。
ほぎゃーん! もうどうしたらいいんだよう!!
と、頭を掻きむしりたい衝動に駆られている間も着々と解決策を模索していた《並列思考》が、ひとつの答えを導き出した。非常に高い確率でこの場を有耶無耶に出来る、信頼のおける作戦だ。
作戦名は、ズバリ! 「カイルも悪くないけど、やっぱり至高はお兄様だよね」作戦だあぁ!!
「そんな、急に何を言うんですかお兄様。確かにそのような面があることは否定しませんけど、私が相手して欲しい相手の最上位にはいつだってお兄様が君臨されているのですよ? お兄様とカイルを比べるなんて余りにも無意味な比較ですが、それでもなおお兄様の優れている点を挙げるならば――……」
つらつらといくらでも口が回る回る。
《思考加速》の中までお兄様の賛辞で埋めつくし、途中で「私のことも褒めてー」とおねだりしてきたお姉様をも褒め倒した結果、私は無事にカイルに甘えていた事実を有耶無耶にすることに成功した。というか、最後の方はむしろお兄様とお姉様の賛辞を言い足りないくらいだった。
あのね、私は確かにカイルが好きだよ。弄ると楽しい反応返してくれるし。
でもそれ以上に、私の意思で人格を歪めていないのに私の理想であり続けてくれる二人の姉兄が、私はとっっても大好きなのだよ!!
ソフィアちゃんは記憶力は良いのに、一度思考が脱線すると悩みなんて忘れちゃうタイプ。
あれ?今なにを悩んでたんだっけ?ああ、思い出したけどもうそれはいいや。過ぎたことだし。
そんな感じで、彼女は今日も今日とて楽しいことだけ考え気ままに生きていきます。あしからず。
 




