表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1161/1407

不眠魔法の副作用


 ……ああ、朝だ。


 夜の闇が払われてゆくのを感じて窓の外に目を向けてみれば、空が奥の方から、段々と白み始める光景が見えた。


 ……あー、朝だー。また朝がきたようー!


 不眠魔法を使い続けていれば本来寝ているはずの時間を有効活用出来て最強じゃない? みたいなことを考えてたんだけど、ダメだねこれ。三日目くらいから時折頭がボーッとしてくるわ。


 このまま更に改良を進めていけば、いつの日にか一年中使用してても問題の無い完璧な不眠魔法が完成するのかもしれないけど、ここ数日間ずーっと起きっぱなしだった私は気付いたね。睡眠ってのは人生において欠かすことのできない、結構幸福な時間だったってことに気付いちゃいましたね。


 眠たいわけじゃないのに寝たい気がする。この不思議な感覚は初体験だわー。


「唯ちゃん。今から家に散歩に行くけど、一緒に行く?」


「行く!」


 おう、唯ちゃんは私と違って元気だね。流石天然物の徹夜マスターちゃんは身体に宿した活力が違うわ。


 互いに着替えた後に再度集まり、自宅の庭に魔法で転移。まだまだ陽の光が行き渡っていない自宅の庭は、いつもとは違ってどこか得体の知れない恐ろしさを感じさせた。


「いつ見ても素敵な庭ですね」


「そうだねー」


 訂正。恐ろしさを感じていたのは私だけらしい。


 背後に佇む巨大な洋館に住まう女主の存在が、知らぬ間に私の心を縛っていたとでもいうのだろうか。得体が知れないと感じていた恐怖心は、その実、いつお母様に見つかって叱られるかと脅える私の弱気そのものだったのかもしれない。


 まあこの家に住んでてお母様に叱られたことなんて、それこそ数え切れないくらいあるからね。当然この場所、お母様の好きな花が咲くこの花壇でだって叱られたことがある。その時のことを思い出してちょっぴりビビっちゃうのくらい仕方の無いことだと思うんだよね。


 お母様は私を叱るのが本当に大好きだからね。っていうかよくよく考えてみれば、我が家の中で私がお母様に叱られた記憶の無い場所の方が少ないかもしれない。いや確実に少ない。


 部屋や廊下は言うに及ばず。書庫でだって調理場でだって怒られたし、地階の食料庫や使用人の部屋でだって怒られた記憶がある。お母様は貴族の淑女として、もう少しお淑やかさを意識して生活した方が良いと思う。私なんかに文句を言える立場じゃないと思うの。


 まあ貴族相手に猫を被る技術については、尊敬の念を抱かずにはいられないレベルで達者なんだけど。

 ついでに言うと、お父様の前でだけいい子ちゃん振るのもびっくりするくらい慣れてるよね。あれはもうその道のプロですよプロ。騙し慣れてるってか年季入ってる。騙しのプロだね!


 ――っと、ここで背後にィ! シュバッ!


「……どうかしたんですか?」


「…………。いや、背後に妖怪の気配がした気がして……」


「妖怪ですか!?」


 あ、あ。ごめん。あんまり声上げないで。本当に妖怪来ちゃうから。


 念の為に探査魔法でお母様の現在位置をチェック。

 反応のあった方向へ視線を上げると、窓から冷たい表情で見下ろしているお母様と目が合った。


 ――背筋がゾクッとしましたよう!!


 あの顔がデフォルトはやっぱり良くないって。何が良くないって主に私の心臓に悪い。お母様のことをよく知っている私ですら、咄嗟に「冷たい表情」と感じちゃったくらいだからね。


 ビクビクと脅えたがってる心を押さえつけて《視力強化》を発動。まじまじとお母様の顔を確認すれば、そこには予想通り、特に見下しているわけでも蔑んでいるわけでもない、普段通りの呆れと諦念とその他諸々の感情をミックスして鉄面皮の下に押し隠した、つまらなそーな表情がありましたとさ。


 お母様、前に貴族の社交で「人が避けていく」って言ってたけど、どー考えても避けてるのお母様だからね。お母様がその顔で追い払ってるんだからね。


 どうせ仮面を被るなら笑顔の仮面を被ればいいのに。そしたらもう少しはお母様にも友達増えてたんじゃないかな。


 お母様の社交性の低さに娘として危機感を抱いていると、私の視線が向かっている先に気付いた唯ちゃんが「あの人ってソフィアさんのお母様ですよね?」なんて声を掛けてきた。「そうだよ」と返事をすると、平民を見下ろすお貴族様プレイをしているようにしか見えないお母様に向かって丁寧に頭を下げる。


「家にお邪魔させてもらっているんですから、きちんと挨拶しないといけませんよね」


 ――この子が変態最低性悪男の血を引いてるって嘘じゃない? 一緒に暮らしててこの性格が形成されるってマジ? え? 反面教師ってこと??


 私が性悪の娘というのは両親のどちらに似てたとしても納得するところではあるけども、唯ちゃんはちょっと、実は捨て子なんじゃとか思わなくもない。あるいは偽りの記憶を植え付けられた被害者とか。


 一度記憶でも見せてもらおうかな、なんて思っていたら、お母様が会釈を返して去っていく姿が見えた。

 その去り際、見たくもない表情の変化があったことも、不本意ながら確認してしまった。


 お母様ってば今ね。最後に私のこと見て「あんなに小さな子ですらまともな挨拶が出来るのに、うちの子は……」って顔してたの。めっちゃ諦められてる顔で見下されてたの。超不本意。


 大声で挨拶しても楚々として手を振ってもどーせ不快になってたくせに、私にどうしろって言うんだろうねお母様は!! 魔法で「おはようございます!」って声をお母様の元まで届ければ良かったのかな! 次からはちゃんと挨拶してあげるから安心しているといいと思うよ!!


内心で悪態を吐きまくるとタイミングよく現れては恫喝してくる妖怪。その名は笑顔仮面お母様。

冷たい表情の時の方が接しやすく、笑顔を浮かべている時ほど近寄り難いその妖怪は、人が心の内に隠した声を暴く能力を有しているとか……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ