第六感が囁いた気がした
人とは高度な知性を持ち合わせた生命体であります。それはつまり、原始的な暴力に頼らないで物事を解決に導ける能力を有していることに他ならないのです。
争いは何も生まない。
たとえ争いから喜びを見出す人種が何を声高に叫ぼうと、無益な暴力行為というものは、一般的な社会の枠組みにおいては原始的かつ野蛮で不適当な行いであると定義されているのです。
……つまり、私が何を言いたいのかと言うとですね。
「ちょっと、話が違うじゃないの。どういうことよ?」
「どういうことも何も、完全にお前のせいだろーが。俺の誘導は完璧だったのにミュラーの演技が下手くそ過ぎてバレたんだろ。俺に言われても困るっつーの」
「なによそれ!? 私はソフィアと戦えると思って昨夜からずっと楽しみにしてたのに!」
「上手くいけばって言っただろ。こうなったらもうムリだろ。次の機会を狙うしかねーよ」
「そんなあぁ〜」
……まあ、なんだね。
一言でまとめると、ミュラーの演技が下手くそで助かった、ということになるのかな?
ミュラーの棒演技に救われる日が来るとは思わなかったね。
――事の発端は、いつものように、生意気なカイルを分からせようとしたところから始まった。
なんかねー、カイルってば弱っちいくせになーんか私の事舐めてるよなーと思ってはいたんだよね。
私の望むとおりにカイルをしつけ直す準備が着々と整うってこと自体がもう違和感バリバリっていうか。カイルらしくないというかね。
まさか何度か魔力の強化をしてやった程度で天狗になってるわけでもあるまいし、これは何かあるなと警戒を強めていたら、ミュラーがね。やけに瞳を爛々と輝かせて私のことを見てたんですよね。
その瞳の輝き具合に、あまりにも見覚えがありすぎましてね……。
悦びに溢れたその表情は、どこからどーみてもこれから私と戦えることを楽しみにしているようにしか見えなかったというわけさ。
そしたらまあ、あとは分かるじゃん? 「ああ、カイルは私の相手をミュラーに押し付けるつもりなんだな」ってね。
大方どっかの訓練場にでも連れ出して逃げられない状況にするつもりだったんだろうがそうはいかない。
私は即座にカイルを暴力で従わせることを諦め、地道な説得によって丸め込む方向へとシフトしてたんだけど、そしたら流れが変わったのを察したミュラーが話に混ざってきてね。「いつもみたいにカイルに身体で分からせるんじゃないの?」って。そんな常日頃からやってるみたいに言われる程は実行に移したことないんですよぉ。
だが事実を知らないクラスメイト達はそうは取らない。
脳筋剣姫が何も考えずに発した言葉でも面白おかしく脳内変換してしまうのが、箸が転がっただけでも笑い転げるこの年代の若者たちの特徴だ。
「ソフィアが」「いつもカイルの身体に」「分からせてる……!?」と、自分の都合の良いように解釈した暇人達がわらわらと集まってしまって、私はその対処に追われてしまっていたわけだね。で、その間にミュラーがカイルに迫っていたと、こういうわけだ。カイルめ話が違うじゃないかーってね。
まあ正直、ミュラーは声が大っきいから聴覚を強化するまでもなく話の内容は聞こえてくるんだ。カイルももう私にバレていると判断しているのか、隠す気もないようだしね。
むしろ事ここに至ってはこちらの方が問題でもある。
「そういえばソフィアたちって今神殿に住んでいるのよね? ミュラーやカレンとだけではなくて、カイルくんとも一緒に生活をしているのよね?」
「退廃的……! なんて退廃的な生活をしてるのソフィアってば……!! それが聖女様のすることなのッ!?」
「いやカイルくんがソフィアたちを取っかえ引っ変えしてるわけないでしょ。それに神殿にはあのロランド様もいらっしゃるんでしょ? それならむしろ……」
「……! もしやカイルさんもまとめてロランド様に可愛がって頂いていると、そういうことですのね……!?」
「なっ、まさかそういうことなの!? ……でもロランド様ならアリかもね!!」
いやナシです。やめて。私のお兄様でそんな想像はしないでください。
カイルが男の娘化して男に掘られてるって妄想だけだったら「いいぞもっとやれ、なんなら書籍化して大々的に広めても構わないよ」と金銭支援すら辞さない構えなのだけども、そこにお兄様を絡めるのだけはやめて頂きたい。
まあ、もしも、万が一? お兄様にそちらの趣味があったとして、将来的にお兄様のハーレムにカイルが加わるって話ならギリギリ許してやらんでもない。でも男色家なお兄様は私の中では解釈違いなのだ。そんなお兄様は私の望むところではない。
そりゃもちろんお兄様の望みが最優先で、私が望むお兄様であって欲しいと願うのは私のわがままでしかないんだけど、でもだからこそお兄様の口から聞くまでは下衆な妄想はしたくないというかね。口は災いの元という言葉もあることだし、もしもお兄様が誰かの話した与太話を聞いて「なるほど、考えたことは無かったけれど男というのもありかもしれないね」とか言い出したら、私は、私は……ッ!! ぅああぁあぁッ!!
「確かにカイルくんって女の子みたいな顔してるしー。案外そういう需要も――」
「少なくとも、お兄様がそのような趣向を示されたことは一度もないです」
私が声を発した途端、きゃいきゃいとはしゃいでいた声が一瞬にして静まりかえった。
……あれ? 私もしかして威圧してる? 魔力漏れてる?
まあ静かになるなら好都合かな。
「あまり突拍子のない話を膨らませないで貰えませんか? 会話の一部だけを聞いた人が勘違いして噂を広めでもしたら、お兄様にご迷惑がかかってしまう……。それは貴方たちも本意ではないでしょう?」
コクコクと無言で了承の意を返される。っていうか、なんでみんな黙ってるんだろう? 別に普通に喋ればいいのに。
疑問に思っていると、カイルがこれ見よがしな溜息を吐いた。
「ソフィア。怒りすぎ」
「別に怒ってないよ?」
私が怒ったらこんなもんじゃないですよ。それはカイルな一番よく知っているでしょう?
「ソフィアってロランドさん絡みだとめっちゃ怒るよな」
「それだけ尊敬してるんだろ」
「……例えば、例えばの話だけどさ。もし俺がロランドさんのこと馬鹿にしたりしたら、ソフィアはずっと俺だけを見て――」
「おい。おいやめろ、今すぐに謝れ!なんか凄い目でこっちの方睨んでるぞ!?」




