アイテムボックスを作ろう!
腹の虫に敗北した私は今、空にいます。
お小遣いを片手に、アイゼンへ向かっています。
お姉様と別れた後、やっぱり我慢出来なかったので一人でアップルパイを買いに行くことにした。
こんなこともあろうかと前々から長い期間をかけて現金を集めておいたのだ。備えあれば憂いなし。これは貴族の子女でも貨幣の価値を知るべきとの考えに基づいた実習なのです。
誰にも見られないように気をつけて透明化の魔法を掛けてから空に浮かび上がる。
あとはアイゼンの街まで一直線だ。数時間後には着くだろう。
透明化の魔法は、空を飛ぶ時に必要になると思って練習した。
色々と試した結果、私の透明化魔法は「透明になる魔力で包む」のが一番やりやすかった。
脳内画像編集ソフト起動。自身の姿を俯瞰します。人物「ソフィア」の輪郭に沿って範囲選択、透明色で塗り潰します。ソフィアをグリグリ回して塗り残しがないように綺麗に塗っていきましょう。全身綺麗に塗れたら完了。
光をどうこうしようと四苦八苦してたのが嘘みたいにお手軽だった。
昼の空を飛ぶのは久しぶりで飛んでいるだけでも楽しい。
眼下に広がる色彩は緑ばかりだ。
森の濃い緑、草原の風に波打つ緑。その中に茶色い細い線がある。街道だ。これに沿って行くだけで目的地に着ける。
アイゼンの街に着いたら何をしようか。
知らない建物もあるだろう。洋服を見て歩くのもいいかもしれない。いや、やっぱり美味しい食べ物を食べて落ち着いてからにするべきか。
そこまで考えたときにはたと気付いた。
私には空を飛ぶよりも前に覚えるべき魔法があった。
アイテムボックスだ。
異世界転生系小説でお馴染みのあれがないと、出来立てアップルパイの配送ができない。
やっぱり出来立てアツアツのアップルパイを食べさせてあげたいもんね。
アイテムボックスといえばなんだろうか。
無限収納。内部の時間停止。大きいものも何故か入る。とっても便利な四次元収納。
うん、難しそう。
これはちょっと研究がいる難易度かもしれない。
辺りを見渡すと森の中に川が見えた。
あそこに降りて休憩しよう。
「あぁ~涼しくて気持ちいい~」
透明化したままでも声は出せる。これぞ秘儀、幽霊の術。
高い空を飛ぶと寒くなるから、体内の魔力を巡らせて体温は快適に保たれるようにしている。
しているけど、初夏を思わせる日差しは眩しくて気分的に暑かった。
ここで休憩を取ることにしたのはちょうど良かったね。
さぁ、新魔法の開発に取り組もう!
まずはこの落ちてた石ころをしまってみよう。
手に持っ……浮かんでいる石ころ。透明化を解除。こほん。
手に持っている石ころを見る。めっちゃ見る。私の小さい手のひらと同じくらいの大きさだ。そこそこ重い。これは石ころじゃなくて石と呼ぼう。
これを、しまう。
ふむ。
アイテムボックスのイメージというと、空間に四角い穴が開いて、この中に入れるといいですよー。みたいな?
目の前を見る。
人の手の入っていない清らな川の流れと豊かな自然が見える。いい景色だ。
視点をずらす。
もっと手前の空間にピントを合わせて、空間の裂け目を作る。イメージする。一目で「あっ! これは空間の裂け目!?」って見えるやつを。
ビキリッと音が鳴った気がする。脳内だけかもしれない。いや、でも裂け目はできた。とりあえず成功だ。
空中に浮かんだ一本線。黄色く発光して見える。
ちょっと大きすぎたかもしれないけど、初めてだからしょうがない! 成功しただけよし!
必死に自分に言い聞かせて、線の端から縦に接続する空間の裂け目を作る。今度は無音を意識して。
それを繰り返し、四角ができた。
空間の裂け目の線で作られた四角だ。
はじめの失敗を取り戻そうとしたらバスタブみたいな台形になったけど、性能的に問題はないはずだ。
裂け目の向こうの空間はアイテム空間に繋がっている。
つまり、この四角の向こうがアイテムボックス。……の、はずなんだけどぉ。
いまだに風景はそのまま、四角の線が空中に描かれているだけだ。
これ、ここからどうすればいいんだろう。
とりあえず角に触れてみた。
うわっ、ぐにゃっとした! なにこれ気持ち悪い!!
慌てて手を離すと、触れた部分の風景が捲れてた。なんて言えばいいのか……捲れてる。
捲れた隙間は黒い。
なんだろうこれ。
少し距離を離してみたら分かった。
これは絵だ。額縁に入った絵なんだね。
我慢して捲れた部分を引っぺがしてみたら、想像通りぺろんと綺麗に剥けた。
そこに残ったのは宙に浮かぶ黄色い線に囲まれた、黒い空間だ。散りばめられた星も見える。うん、異空間といえば宇宙ですよね。
とりあえず横から見ながら、右手で石を放り投げてみた。反対側には落ちない。ちゃんと別空間らしい。
さて、次は石を取り出してー、……ここに手を突っ込むの勇気いるなぁ。でも仕方ないか。女は度胸だ。
えいやっと手を突っ込むも思ったほど変な感触ではなかった。敢えて喩えるなら水? いやお湯? 体温に近いお湯に触れたときに近いかもしれない。
手を動かして探ってみたけど石はなかった。
それならと、異空間を漂ってる石をイメージして、私の手は掃除機並みの吸引力。二つの物体は赤い糸で結ばれた運命により必ず惹かれ合う定めなのです、って痛ぁ!? 石、石がすごい勢いでぶつかってきた! 痛いよぉ!
想定通りの使い方は出来たけど、手が痛い。あぁほら、血が出てる。
ちなみに吸引力によって手に吸い付いているため、手を開いたまま引っくり返しても落ちません。いっつあマジック。
アホなこと言ってないで治療しよ。
石をぺいっと捨てて手の傷口を治した。
ちゃんとアイテムボックスっぽく使えたから、最後には閉じなきゃね。
四角がぎゅーんと収縮するイメージを浮かべると、暗く感じるくらい大きく広がっていた黒い空間がみるみる小さくなっていった。おお早い。
最後には小さな渦になると、ポンッと音を立てて消える。私の中で音が出るのはデフォルトみたいだ。設定の項目弄って消音しとこう。
一段落ついて、吐息を零す。
魔法を使うと疲れる。だるくなる感じがする。
でも、長時間使ったりしてても途中で魔力が切れたりすることはない。ちょっと疲れるだけだ。この体はどれだけ万能なのだろうか。
自分の手を見下ろしていると、地面に落ちているものに気がついた。
地面に溶け込む迷彩色の、マントのような何か……。
「うわっ」
触ったら一発で分かった。これさっき剥がした風景だ。
どうしようこれ。
タイトル回収したけど続きます。
そのうち改造とかするから。まだまだ作るから。
たぶん。




