もっと世界を楽しまなくちゃ!
元々分かってはいたことだけどね。私って我欲には割と忠実に生きているんだ。
つまり何が言いたいかっていうと暇すぎてやばい。
ついでに言うと、お茶もお菓子もいちいち自分で用意して自分で片付けなきゃいけないのが地味にめんどい。リンゼちゃんの完璧なるメイド術を甘く見てたって感じ。
これはもう、今開発中の不眠魔法が最終バージョンになったらリンゼちゃんにも掛けてあげるしかないんじゃないかな。新しい魔法の実験とか言えば、渋々ながらも掛けさせてくれる可能性はそれなり程度にはある……といいなぁ。
「ふひーん」
そんなことをつらつらと考えながら、奇声を発して脱力中の私。両手を机の上に放り出して全力全開で力尽きたことを表現した。
不満ひとつ漏らさずに黙々と魔法の修練に励む唯ちゃんとの対比が酷いことになってるけど、そんなことは今更だ。私はやる時はやる系のお姉ちゃん路線でいく。普段の素行など些細なことよ。
もうね、唯ちゃんとマトモに張り合ってたらはっきり言って身が持たないのよ。
頼れるお姉ちゃんポジションを諦めるつもりは無いけどね、私にしっかり者のお姉ちゃん路線は無理。無謀。
短期間ならまだしも長時間猫被るのはしんど過ぎて辛い。
なのでその方向性でのお姉ちゃんアピールは綺麗さっぱり諦めました!
時代はやっぱり優しさだよね。
気遣いのできる人って、私とっても素敵だと思うな。
「唯ちゃん、それずっとやってるけど飽きない? 他の魔法が使ってみたいとか思ったりしない?」
何より気遣いならダラけたままでも出来るしね。決して唯ちゃんを同じところまで落として、相対的に私のだらしなさを緩和しようとか考えてないのよ。ホントダヨ。
唯ちゃんが練習している魔法は初めからずっと変わらない。私が教えた《遮断》の魔法ただひとつ。
唯ちゃんが我が家に来ることになって直ぐに私が施した魔法を、唯ちゃんは自分の力だけで完全に再現するべく、暇さえあれば延々と練習を繰り返しているのだ。
練習過程における非効率な魔力運用であれだけ魔法を繰り返し使っていれば、普通なら一時間と持たずに魔力切れが起こるんだけど。幸か不幸か唯ちゃんの神様としての無尽蔵に近い魔力がそれを容易く可能にしていた。そしてまた困ったことに、唯ちゃんはめちゃくちゃ真面目な良い子でもあった。
結果として、唯ちゃんは暇さえあれば魔法の練習をするマシーンと化している。
私ね。可愛い女の子はもっと楽しそうな顔をして、ケーキでも食べながら友達とお喋りでもしてるべきだと思うんだ。
まあ夜だからリンゼちゃんも寝ちゃってるし、話し相手も私しかここにはいないんだけど。
だからこそもっと楽しんで欲しいというか、そんなむっつりした顔じゃなくて満面の笑顔で、新しい魔法を使えた喜びとかさ。そういったものを感じていって欲しいと思うんだよね。
だからこそ「使いたい魔法とかあったら教えるよー?」と提案してみたのだけど。
「……でも、これがきちんとできないと周りの人に迷惑になるんですよね? ソフィアさんにだって、いつまでも迷惑を掛けているわけにはいかないですから」
それなのにこれよ。もう真面目すぎてどーにもならんね。
確かに、唯ちゃんの行動は唯ちゃんに決める権利がある。私に出来るのは提案だけ。押し付けるのは私の我儘だって理解はしてるよ? でもさぁ……。
こういうの、こっちの世界の人が言うならまだ分かるのよ。でも唯ちゃんって向こうの世界で育った人じゃん。真っ直ぐに育った純粋で優しい良い子じゃんね。
私ね、こーゆー良い子だけが割を食う社会ってぶち壊したくなるんだよね。
日本での生活を思い出すと、余計にね? 他人に迷惑を掛ける人ばっかりが得をするシステムが蔓延ってたじゃん。悪人はさっさと世界から退場してろよって毎日考えながら生活してたよね。
でもまぁ、悪人はズル賢くて生き汚いからこそ悪人なわけで。
詰めの甘い悪人を社会から脱落させる程度ならまだしも、全ての悪人に相応しい罰を受けさせるなんて実現させることは不可能だ。それなら目の届く範囲にいる良い人相手に個人的な手助けでもしてた方が良いと、私の精神衛生的には健全だと。当時の私はそのような結論に至ったのだ。
なので私は決めました。私の我儘で唯ちゃんを振り回すことを、相手の了承も得ずに今回も勝手に決定しました!
恨むのなら私に目をつけられたその可憐な容姿を恨むのだな、ふふはははは!
と、内心で高笑いをあげながら、私は演技を開始した。気持ちはすっかり自虐が鬱陶しい女優さんである。
「なるほど、つまり唯ちゃんは私のせいでやりたくもない魔法の練習を強いられていると。ごめんねぇ〜、唯ちゃんにばっかり負担を強いてごめんねぇ〜。朝食にはプリン付けるから許してぇ〜」
効果は覿面。唯ちゃんはすぐさま慌てだした。
「あ、謝らないでください! あの、私はソフィアさんに救われて良かったと思っているんです。だからそんなに……あの、これでもソフィアさんには本当に感謝してるんですよ? そうは見えないかもしれませんが……」
いやいや、分かるよ。ちゃんとそう見えてる。お陰様で対お母様用の切り札握ってる安心感が半端ないもの。
唯ちゃんをわざと遜させたのは、単にこの後の要求を通りやすくする為の布石に過ぎない。
「そう? それなら良かった! あ、そうだ。この後一旦屋敷に戻って軽く運動してこようと思ってるんだけど、良かったら唯ちゃんも一緒に来ない? 明け方の散歩は気持ち良いよ〜」
「散歩、ですか……。そうですね、ご迷惑でなければ」
と、ほれこのように。
唯ちゃんめっちゃ良い子だけど、ちょろ過ぎて少し心配になるよね。私がしっかり見守っててあげないとって気持ちになっちゃうよね!
見守ってる人間が一番タチが悪いという話。
それでも彼女が純粋無垢な少女である限り、ソフィアは全力でもって、彼女の心と身体を保護するのだろう。




