熱い瞳で見つめないで……?
とりあえずカイルとお兄様だけを連れて、近くの客間に場所を移した。
カイルも連れてくるかは少し迷ったんだけど……あの場に残したら今度は間違いなくお姉様の餌食になるからね。私の傍に居た方が守りやすいと判断しました。
美人で素敵なお姉様や可愛いカレンちゃん達に囲まれる環境はカイルにとっては御褒美になるかな? とも考えたんだけど、私が見てないところでお姉様がカイルにどういう態度を取るかは不確定要素が大きいからね。こちら側であれば、少なくとも私が近くで見ている限り、お兄様もそれほど酷いことはしないんじゃないかと……うん。死角にさえ気をつければ、多分。……大丈夫だよね?
お兄様と私は相思相愛で、目線からでも感じ取れる膨大な愛情は、普段であれば「この愛の重さがクセになるぅうぅぅん♪」とあればあるだけ悦んじゃう私だけどさ。こーゆー場面になるとその愛情がどう作用するか分からなくてちょっと怖いね。
それでも勿論、多いに越したことはないですけど!!
それはともかく。
この世界で標準的な善人だったら、気に入らない人に会った時の対象法なんて物理的に距離をとるくらいが精々だと安心できるんだけどさ。でもお兄様が私の首を絞めたカイルにその程度で済ませるとは到底思えないんだよね。
なにせお兄様は、悪意とかいう人を凶暴化させる謎ウイルスの発生源たる私と、もっとも長く付き添ってきた人物の一人。
お兄様が一体どこまで非道な考えを持てるようになっているかは……うーん。未知数としか言いようがないんだよなぁ……。
最低でもお母様レベルの腹黒さは秘めてるじゃないかと個人的には思うんだけど。ほら、お兄様って私には特別優しいからさ。悪いこと考えてそうなお兄様って私は見たことないのよね。やっぱり私の前ではそーゆー一面は隠してるんじゃないかと。
お兄様の純粋可憐な容姿や崇高さの前では、私程度が発した悪意はなんら影響を及ぼさないという可能性も考えはしたんだけど、その線は多分無いよね。証拠とはちょっと違うんだけど、悪意って言い換えれば「悪いことを考える素質」みたいなものでさ。全く悪意のない人を見分けるのは実はとっても簡単なんだ。
方法は色々とあるんだけど、うーん。例えばさっきカイルが私の首を絞めてたけど、あれ見て怒るのだって悪意をもってる人限定。それもかなり悪意に染まって、悪意というものを理解している人にしかできないハズの反応なんだよね。
人が人の首を絞めてる現場を見て「なにやってんの!?」と思うのは前世の感覚。
こちらの世界の悪意を持たない一般人は、多分同じ現場を見ても何一つ反応しない。それは気持ち悪いほどに「他人を害する」って想像力が欠落してるからこそ起こりうる必然の反応。
こっちの人の感覚としては、前世では発見後即通報でもなんら問題のない首絞め行為は、おそらく愛情表現に近いものとして認識されるんじゃないかと思う。
「まぁ、あの方首に触れていらっしゃるわ」「肌に触れるなんて大胆なこと」「距離もあんなに近くって、二人はもしかして恋人同士なのかしら?」みたいな会話が悠長に交わされる展開がね。まざまざと想像できちゃうんだよね。
どーよ、考えただけでカオスでしょうが。
あの頃はまだ私がこの世界のことをきちんと理解出来ていなかったから尚更だ。似たような気持ち悪さの欠片があちこちに散りばめられてた社交界から私が逃げ出したかった気持ちも、多少は分かって貰えると思う。
つまりは、まあ、なんだね。
早い段階から私の感じる気持ち悪さを理解してくれていたお兄様に、私が恋をするのは必然だったってことだね。
誰でもよかったわけじゃない。お父様でも使用人の誰かでもなく、お兄様だったから。お兄様を愛せたからこそ、私はこれまで歩んできたソフィア・メルクリスとしての人生を、ここまで充実したものにできたのだと思っている。
それはまさに、運命と呼ぶのに相応しい幸運な出来事で。
私の人生は、運命によってお兄様を愛することが決められていたのだと思う。
――だからね?
「ソフィア。僕はソフィアの願いなら何でも叶えてあげたい。その気持ちに一片の偽りもない。だけどね、ソフィアを傷付ける者を許すことだけはいけない。それだけは認められない。何故ダメなんだい? ソフィアは傷付けられることを好んでいるわけではないんだろう? それならこの男の何がソフィアは気に入っているんだ。まさか弱みを握られている訳では無いだろうね?」
私の愛するお兄様が、超至近距離で強く手を握りながら捲し立ててくるこの状況はね。ちょっぴり心臓に悪いというか。
有り体に言って幸せすぎて死にそうですハイ。
「弱みとかでは、なくて。これは私のわがままなんです。カイルはもう充分に罰を受けたと思うので、これ以上は……私の良心が咎めるんです」
「……ッ! ……ソフィアはそれほどまでに、この男が大切だというのかい?」
「えぇぇっとぉ……」
まだ辛うじて覚えてる。私の責務は、お兄様からカイルを守ることだって。
でもこの状況、私も相当に辛いんですけど。
「罪には罰を。ソフィアの言葉だ。彼が犯した罪には相応の罰が与えられるべきだとは思わないかい?」
「それは、まあ……。あの、でも、罪を犯した理由がですね……?」
お兄様の熱い吐息が、私の理性を溶かし尽くす。
力の籠った瞳。私のことが大切なんだと、強く訴えかけてくる綺麗な双眸。
私がカイルを庇いきれなくなるのは、もはや時間の問題だった。
「……ソフィアのやつ、この状況を楽しんでるんじゃないだろうな……?」
お兄様に迫られているソフィアちゃんは、傍目には悦んでいるようにしか見えなかったようです。




