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罪の記憶


 お母様にお願いされたお父様への説明は簡潔に済ませた。


 噂の内容についても「カイルが着替えてるところをうっかり見てしまいまして。お互いにぎこちなかったところを邪推され、噂になってしまったようです」と当たり障りのない説明でサクッとね。嘘は言ってないので問題は無いと思う。



 ――というわけで! 面倒事のあとは待望のォ、お兄様堪能ターイムッ!! はっじまっるよー!


 カイルとお母様の様子? はん、あっちはもう諦めたよ。下手に突っつくと都合の悪いことでもあるのかと邪推されそうだしね。なるようになるでしょ。


 それよりも何よりも私としては、ぶりっこお父様によって汚染された私の精神をお兄様に浄化してもらうという大義名分を得た今、一刻も早くお兄様と合流することの方が遥かに大事だ。


 お兄様分の補給が急務なこんな機会を逃す理由なんてあるわけないし、たとえ機会がなくたってお兄様にはいつだって会いたいし甘えたいし可愛がってもらいたい。そうして甘え倒した暁には、「やっぱりソフィアには僕がいないと……」と一生の庇護を約束してもらったりなんかしちゃったりしてキャー!! お兄様ってばやっさしー!! お兄様からの愛さえあれば、ソフィアはたとえお母様のお説教を子守唄にしたって眠れちゃいますぅ!!!


 妄想の中でお兄様と一通りイチャコラして、とりあえず一息ついてみた。うむ、これでお兄様と会っても暴走せずに済みそうだ。


 思えば最近はお兄様とイチャイチャする時間が少なかった気がする。

 膝枕してもらったり優しい言葉を掛けてもらったりする機会はあったけれども、どれも必要に応じてというか、ゆったりする時間とはまた別物というか……。


 お兄様にお時間があったら、今日こそはゆっくりとお兄様成分を堪能させて頂いちゃおうかな。短時間で満足度の高い行いとなると耳掃除とか良いかもしれない。


 そんなことを考えながらお兄様が待っているだろう応接室を訪れると、そこではちょっぴり予想外の展開が広がっていた。


「あ、ソフィアいらっしゃーい。早かったわね。お母様のお説教はもう終わったの?」


 お兄様の他にはカレンちゃんとミュラーしかいないと思っていた室内にお姉様がいた。しかもあろうことか、座っているお兄様の首に後ろから抱き着くようにして引っ付いている。なんて羨まけしからん。


 ついでになぜかミュラーがお兄様の隣りに座っていたけど、そちらについては理由は不明だ。大方お姉様に無茶振りでもされたんじゃないかと思う。


 しかし、あれだね。お姉様のおっぱいを枕にしてても顔色ひとつ変えないお兄様は流石だね。

 娘に微笑みかけられただけでニマニマが止まらなくなっちゃうお父様とは器が違うよ。いや比べることすら失礼か。


「むしろ追い出された感じですかねー」


「ふーん。つまりは今、お母様はあのカイル少年と二人っきりってことね。……大丈夫なの?」


「さあ……? でも内容が内容だけに、私だけが責められる展開は無い、と、は……――」


 思いますよ――と、何気なく続けようとした言葉が、不意に途切れた。今の今まで忘れていた、前提とも言えるとある出来事を思い出したのだ。


 ――そういえば、そもそもカイルが下着まで脱いでた理由って、夜中に忍び込んだ私がカイルの下半身を濡らしたからじゃないか……?


 予想外の事態が発生した衝撃からかすっかり忘れていたけど、そもそもあんな朝早くからカイルの部屋を訪れた理由だって、元々はカイルのおねしょ姿を見て嘲笑うつもりだったからで……。


 ――サァーっと、血の気が一気に引いていった。


 ……これ、バレたら不味くない?

 いやいや考えるまでもなくヤバい、マジでヤバい。致命的で言い訳不能の絶対的な弱味になりうる。


 なんで……なんで今思い出すんだ。できることならずっと思い出さずにいたかった。


 ていうかおねしょ偽装なんてちょっとやりすぎじゃないのかとか、そういえば昨夜は魔法で徹夜を試してたなとか、一瞬で頭の中を様々な記憶が駆け巡った。そのお陰で、辛うじてパニックに陥る一歩手前みたいな状態で踏み留まった。


 ……踏みとどまったところで、過ぎ去った出来事はどうすることもできないんだけど。


「……ソフィア? どうかした?」


 ビクン、と身体が震え上がった。


 お母様に良く似た容貌のお姉様が、お母様と同じようなことを言っている。


 この後はどうなる。この事実がバレたらどうなるんだ。まさかお母様やお姉様に留まらず、お兄様にすら失望される可能性も……?


 恐ろしい想像に喉が引き攣るのを感じた。そういえば喉が渇いていたんだったと今更ながらに思い出して、益々動悸が激しさを増した。


 自由にならない身体。加速度的に膨れ上がっていく恐怖。


 もはや自分ではどうにもできなくなった負の連鎖を断ち切ってくれたのは、先程からずっと声を掛けてくれていたお姉様だった。


「どしたのーソフィア。大丈夫? お母様にイジメられたの? お姉ちゃんが一緒に怒ってあげようか!」


 おーよしよしと抱き締められる暖かな感触が、恐怖で固まっていた身体を解きほぐしていくのを感じる。さりげなくお腹を揉まれていた気もするけど……まあすぐに離れたから許してあげよう。


「ありがとうございます、お姉様」


「大丈夫よー。私とロランドはいつだってソフィアの味方だからね!」


 ……うん。ありがとう、お姉様。その言葉は私にとって、何よりも嬉しいものだ。


 ……でもね? それはそれとして、力強く抱きしめる時は、その、体格差を考慮して欲しいというか。この体勢で頭を抱きしめられると、お姉様の胸でね? 息がね? 苦しくなるんだよね。


 軽く呼吸困難に陥りながらも、なんとなく、嗅覚に意識を集中してみた。


 暖かくて柔らかなお姉様の胸からは、ほんの少しだけお兄様の匂いがした……ような気がした。


記憶力は良くともすべてを憶えている訳では無い。むしろ都合の悪いことは早めに忘れる。

ソフィアの世界は、ソフィアにとって都合の良い記憶だけで作られています。

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