こんな父親は嫌だ
お母様はお父様に甘いと思う。
私たち姉妹にはブリザードが如き極寒の視線だって容赦なく浴びせてくるくせに、お父様が失態を犯した時には、精々が真冬の冷水レベルの冷ややかさしか感じられないのがその証明になっていると思う。
そして今、お母様がお父様にドロ甘だという仮定を補強する証拠がまたひとつ追加された。
「後の事情は彼から聞いておきます。ソフィアはもう下がっても結構ですので、ついでにあの人にも簡単に事の次第を説明しておいて下さい。頼みましたよ」
普通に用件が済んだみたいな言い方をしているが、これは違う。要はお父様の心労を取り除いて来いとのご命令だ。
お父様がちょろっと顔を見せただけでこれだもんなぁ……。
確かに、この提案には良い面もある。
思わずカイルの背中に隠れちゃうほどにお母様の狡猾な尋問から逃げ出したいと願っていたのは事実ではあるし、窮地にあった私を救ってくれたお父様に感謝を伝えるというついでの用件も叶えられるこの提案は、普通に考えたら悪くない。むしろ都合良く物事が運んでいると喜んでもいいところである。
でもね、この提案をお母様が出したって時点でもう怖いの。そしてなにより「後の事情はカイルから」って、この発言が不安をめちゃくちゃ煽りまくってくるのよ。
後の事情ってなんだ。クロスチェックか? 私からの報告だけじゃ信頼には足らないと?
……自分でも、そりゃ主観強めな私の報告じゃ信用なんて出来ないよねとか思えちゃうのが悲しいところではあるんだけど、大事なのはそこじゃない。
お母様が当事者二人からの話を聞いて判断を下すその時間。その重要なタイミングに私だけが不在になるという状況が、私に絶大な不安感をもたらしているのだ。
お父様がお母様と同じ報告を聞いていて、私達が帰って来るのを待っていたとは聞いている。私を心配していたという話も本当だろう。
でもね、だったらこの場に加わればいいじゃない。そうしないのなら、ここでの話し合いが終わってから報告だけ聞けばいいじゃない。
それがなんだい、あんな年少の子供にしか許されないような覗き見とか。あんな行動が心配の結果とか納得出来るか! いい大人が何やってんのって感想しか出てこないわ!!
扉の隙間からちょびっと顔を覗かせるという、本来であれば可愛い子にしか許されていないハズのあの行為を、あろうことか自分の父親が実践していたというこの事実。
もうね、思い出しただけでも身体は震え上がるよね。悪寒で全身ガチガチになるわ。
はっきり言おう。アレが自分の父親だなんて認めたくない。端的に言って気色が悪い。
だからイケメンって嫌いなんだ。あれを素でやれるとかどうかしてるよ……。
私ね、「ただしイケメンに限る」ってパワーワードにも有効範囲があると思うんだよね。鑑賞に耐える限界値というか、許容できる範疇というか。
女と言っても当然一括りになんて出来ないんだけど、私みたいに女を食い物にしか見てないような軟派な男が嫌いな人は特にさ、さっきお父様がやってたみたいなあざとい行動が本気でムリなんだよね。生理的に受け付けないの。
だってあんなさ、「オレがこういう可愛い行動すんのが女は好きなんだろ? ほら、喜べよ」とでも思ってそうな行動……うわぁ、もう、うわぁほら。ちょっと考えただけでもう鳥肌が立ってきたよ。もうマジで無理。あんな人が父親とかホントやだぁ……。
これだけ気色悪いとか最悪とかボロカスにこき下ろしてるけど、私だってお父様の全てが嫌いなわけじゃないんだよ。娘にチョロいあの性格とか、意外と広い交友関係とか評価してる部分だっていっぱいある。でも調子乗ってる時のお父様は本当にキモイの。
だけどね、蓼食う虫も好き好きっていうか。人の好みって不思議なものでね。私が苦手に感じるそれらの部分こそが好きだっていう奇特な人もいるものでね。
本当に信じられないし、なんなら催眠調教でもされてんじゃないかと疑いたくもなるくらい実に残念なことなんだけど、私の恐ろしくも頼りがいのあるお母様は、あんな「オレ様カッコイイ」とか本気で思ってそうな父親のことが好きらしいのだ。ラブらしいのだ。本心であんなのを愛してるらしいのだ。世の中って狂ってるよね。
優秀なお母様に男を見る目がないことは心底悲しいことだと思ってるんだけど、でもお父様とお母様がくっついたお陰でお兄様がこの世に誕生したことを思うとね、一概にお母様が間違っていたともいえないんですよね。むしろお兄様がこの世に生まれてくるために運命がお母様の目を狂わせていたのかもしれないとすら思う所存。
でないとお父様の遺伝子を持ったお兄様があんなに最高で至高な存在になんてなるわけないもんね。
――そこまで考えて、私はふと、ありえない想像をしてしまった。
……もしも。もしもお兄様が、今のままの姿でお父様のような性格だったとしたら。お父様のように自身の容姿の良さを鼻にかけた自信家だったとしたら。
「――ん、ぐ」
想像したもののあまりのおぞましさに、思わず吐き気を催してしまった。……私ってホントにお父様みたいなタイプが苦手なんだな。
――お兄様がお父様に似てなくて、本当に良かった。
今ある幸運が本当に得がたいものなのだと改めて自覚し、私は心から安堵した。
「……ソフィア? まだ何かありましたか?」
「――いえ、なにも。お父様の所へ行ってきますね」
「ええ、お願いします」
本当は今すぐにでもお兄様に会いたいところだけど、まあ今は我慢しますか。
お父様の相手だって慣れたものだ。お母様さえ絡まなければ、そんなに面倒なことも起こらないからね。
前世で父無し子だったソフィアにとって初めての父親。
理想を高く見積もっていたことは否めないが、それにしても、母に従順で媚びへつらい、あまつさえかわいこぶる父親の姿というのは……。




