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恐怖の格がね、違うんですよ


「あまりの喜びに、少し我を忘れてしまいました。申し訳ありませんでした」


「……あれが少しですか?」


「表に出ていた感情は少しではないかと」


「……そうですか」


 そうですとも。私のお兄様への愛情は莫大だからね。



 そんな会話をしていたからもう前の用件は済んだのかと思ったのだけど、そういうわけでも無かったみたいだ。


「それで、呼び出した件についてですが」


「ああ……えっと、カイル?」


「…………」


 うわぁ、まるで絵に描いたみたいな悲壮感溢れる表情ですこと。顔芸コンテストで優勝狙えそう。


 でも事ここに至っては隠し通すことも無理だと理解はしているようで、気力を振り絞ったか細い声で「頼む」と一言……え、今のってまさか私に説明頼んだ感じ? まあ襲いかかった相手の母親にあの状況を説明するのはハードルが高いか。


「それでは私が説明しますね。お耳を拝借しても?」


「……公言をするのは憚られる内容というわけですね。分かりました」


 とはいえ、私が話したところで結果は同じ気がするんだけど。


 もしもカイルと私が逆の立場で、例えば不慮の事故で酔っ払った私がカイルに襲いかかったとしたら――そしてその報告をカイルの両親にしなければならなかったとしたら――私も今のカイルと同じで、ろくに言葉も発せなかったかもしれない。少し想像しただけでも血の気が引くような絶望感に心が押し潰されてしまいそうだ。


 ……カイルに比べたらマシとはいえ、私だって説明するのは恥ずかしいんだけどね。この状況じゃ仕方がないか。


 身を乗り出して頭の位置を下げてくれたお母様の耳に、コショコショと事情を説明した。扉を開けてから起きたこと全部。


 そしたらさ。


 ……えっとね。


 …………話が進むにつれて、むっつりと不機嫌そうにしていたお母様の顔が、段々と無表情になっていくのよね。まるで感情が抜け落ちていくみたいに。


 その変化が怖すぎて、なんだか全身が肌寒く感じてきた。私の自慢の空調魔法、お母様の近くにいる時ばっかり不調になること多すぎないかな。そろそろ身体の震えが隠せないレベルになりそうなんだが。


 とにかく早く、できるだけ早くこの場を離れたい一心で、「――というような事があってお互い気まずい雰囲気になりました。そのせいで隠し事をしているのがバレて教室で様々な憶測が飛び交ったんです。お母様が聞いたのはその内の一つではないかと思います。以上で報告を終わりますっ」と最後の方は殆ど早口で捲し立てた。

 今はただ、恐ろしい気配を放っているお母様から離れたい。それしか頭には残ってなかった。


 表面上は落ち着いた態度で――けれど内心的には這う這うの体でカイルの元にまで逃げ出した私は、一刻も早くと急かす内情を僅かたりとも表に出すことはしないまま視線を走らせ、飲み物が一切用意されていない現状を思い出した。当然この場には、紅茶を用意してくれる使用人すらいない。


 ……やけに喉が渇いている。


 ここで飲み物を取り出すのはアリなのか? 緊張していたことを悟らせても問題は無いのか?


 お母様を刺激しないままにこの渇きを潤すために、なんとか――などと思案していたのがよくなかった。


「――ソフィア」


「はイィッ!」


 やっば。声裏返った。やばばばば。


 何故私に声を掛ける? 説明済んだら次はカイルのターンでしょ常考(常識的に考えて)。それとも仮にも男の部屋をノック無しで訪れたことを怒られる? そもそも男の部屋を訪問したことが問題なのか? うん? どれだ?? どんな理由で私はお母様に怒られるというんだ……!?


「貴女はそれほどの扱いを受けても、彼に恐怖を感じないのですか? 今話したことは今日の朝に起こった出来事なのでしょう? だというのに、貴女は今もそうして、何事も無かったかのように彼の隣に座っている。……不安に思う気持ちは無いのですか?」


 不安。……不安? 何に対する不安だろう……とか考えてる時点で、きっと私にお母様が心配しているような不安はないのだと思う。


 ここで正直に「今はお母様の方が怖いのでそれどころではありません」とか答えるほど私は空気の読めない子じゃない。

 少し申し訳ない気持ちもあるけれど、今はその親心を利用させてもらうことにした。


「いえ、確かにそういう気持ちも無いことは無いのですが……。カイルのことは信頼していますから」


 にこりと、淑やかに。儚げに見えるような笑顔を浮かべた。もちろん演技だ。


 私の渾身の儚い笑みを見たお母様は、ふ、と小さく息を漏らすと、彫像のように冷たく凝り固まっていた無表情を崩し、ようやく小さな笑顔を綻ばせた。


「そうですか。その時に彼から感じた恐怖よりも今の私から感じている恐怖の方がずっと恐ろしいと。つまりはそういうことですね?」


「そ――んなことは、ありませんヨ?」


 うわああぁあぁぁバレたぁあああぁぁ絶対今のバレてるよぉォォオオォォ!!!


 どどどどうしよう、どうする。何をどうすれば私は被害を免れる!!?


「ぇ、おっ?」


 とりあえず手近にあった生贄を盾にして、私は小さく縮こまった。


蛮行を犯してしまった相手の親。……の前に、生贄として引きずり出されてしまったカイル。背中には罪を贖うべき幼馴染みが隠れている。

カイルは思った。むしろ俺の方こそ隠れたいと。

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