賑やかに過ぎゆくお昼休み
「イチャイチャするのは終わったの?」
「「イチャイチャなんてしてないです」」
だから被せるなっての。またからかわれる材料になるでしょうが!!
ヘレナさんへの反論が綺麗にハモってしまったせいでシャルマさんまでもが静かに顔を逸らして笑っていた。って何その笑い方めっちゃかわいい。神殿に帰ったら鏡見ながら練習しよっと。
「仲良しだね!」
「「仲良しじゃ……」」
またハモりそうになって言葉を止めたら、カイルも同じように言葉を中断させていてこれまた綺麗に言葉が被った。まさかコイツわざとやってるんじゃないだろうな。
笑顔のままにまん丸くお目目を開いたネムちゃんが大笑いを始めるかと思ったまさにその時。先に部屋中に響く笑い声を上げたのは誰あろうヘレナさんだった。
「ふふっ、あはっ、あはははは! あ、あなた達、どれだけ仲が良いの!? それで仲良しじゃないというのは無理があるでしょ!」
「「…………」」
今度こそ被らないようにと沈黙を選んだら、悲しいことにその思考すらも被った気がする。
いいや、きっと気のせいだ。言葉は被ることがあるかもしれないが沈黙はただ黙っているだけに過ぎない。それを言ったらシャルマさんだってカレンちゃんだってミュラーだって黙っている。私だけがカイルと被ったわけじゃない。
だから思考まで被るなんてあるわけない……と思いながらチラリと瞳だけを動かしてカイルの様子を確認すると、カイルもそれとなく私を観察している最中だった。嘘だろおまえ。
そしてさらに不幸なことに、恐らく互いに驚愕したその瞬間の表情を、ミュラーに捉えられていた。
「……それ、わざとやってるんじゃないでしょうね?」
わざとこんなことをする利点を示して欲しい。むしろどうやってこんな宴会芸を実現すると?
まあ念話の魔法を使ってタイミングを合わせる練習をしたり、ネムちゃんの魔法からヒントを得た催眠魔法とかを使えばやってやれないこともないんだろうだけどさ。それならカレンちゃんでも操って疑似百合体験でもしてた方がまだ利点が……いや、それはそれで絶望が深まりそうな……?
「いや誤解だ。俺はただソフィアがまた失礼なことを言い始めるんじゃないかと心配してただけだ」
「その発言の方がよっぽど失礼じゃない?」
おうおうその通りだ、もっと言ってやって下さいよミュラーさん!
カイルってばホント私に対して失礼で乱暴で剣術や魔法の腕を鍛えてやった恩すらコローッと忘れて反抗しちゃう記憶力の悪い犬なんだからね! 飼い犬に手を噛まれるとはこのことだよっ!
それがなくたって女子には優しくするのが男子として当然の義務であるはずなのに、カイルは私にばっかり当たりが強くて……うん、なんだかだんだんとムカついてきたかも!
やはりカイルには、近いうちにお仕置が必要になりそうだね。
……あれ? なんだか最近もこんなこと考えてたような気が……。
なんてことを思いながら、カイルがどんな言い訳をするのかと見守っていると。
「でもこいつ、女神様相手に敬語も使わない常識なしだぞ」
「…………」
いやいやちょっと、ミュラーなんで黙るの!? その事と私に失礼な態度取ることに因果関係なくない!? カイルが失礼なことに違いはないでしょ!?
それにあれはちょっと油断しただけというか、そもそもリンゼちゃんとはずっと前から話してたわけだし。何より人のことを生き物として見てるかも怪しい女神を相手に下手に遜るのは、むしろ人を滅ぼしかねない災厄を招く危険性すらあって――。
ああもう、ミュラーたちにはどこまで話していいんだっけ?
こういう面倒ごとは全部お母様たちに丸投げしたいぃ……。
嘆いたところで変わらない。残念ながら、この場に頼れるお母様はいない。
その代わりに、ここには私のことをよく知る研究者がいた。
「私もよくは知らないけど、その女神様はソフィアちゃんとは仲が良いらしいじゃない? なら大丈夫……なのよね? そうよね? ……ふぅ、良かった。ああいえ、心配なんてしてなかったわよ? ソフィアちゃんはちゃんと相手によって態度を変えられるものね」
「その通りです」
擁護してくれたヘレナさんの言葉に、えっへんふふんとふんぞり返る。
そうとも、私はカイルと違って頭が良いんだ。喧嘩を売る相手くらいは選んでるよ!
流石頭の良い人はよく分かってらっしゃると安堵していたのだけれど、カイルはそれでも納得がいかなかったみたいだ。
「いやいくら仲良くても女神様相手に失礼はダメだろ」
「それはまあそうでしょうね」
「……やっぱりそう思う? やっぱりそうよね?」
えちょ、待って。ミュラーはともかくヘレナさんまでそっちに行くのは待ってください。裏切られた感がとてつもない。
やはり善良そうな顔をしていてもお母様の同類か。梯子を外すタイミングが極悪すぎる。
「ソフィアちゃんもちゃんと礼儀は知ってるのにねぇ。そうそう、アーサー王子と初めて会った時にも確か――」
そのうえ追撃まできましたよ。まさかヘレナさん、久々に若い子と話せて舞い上がってるんじゃないだろうな。
なんにせよ、私の心は蹂躙された。
この傷を癒せるのは、シャルマさんの美味しいお菓子とネムちゃんの無邪気な言動、そしてカレンちゃんの無償の優しさだけだろうねっ!
うわーん、ヘレナさんなんて嫌いだぁ! 私もゼリーのおかわり食べ尽くしてやるぅ、覚悟しろよー!!
「シャルマさんっ!私にもネムちゃんと同じ物をっっ!」
「……非常に申し上げにくいのですが、ゼリーはあれが最後のひとつでして」
「……!??」
ゼリーは無かったけど、別のお菓子は貰えたようです。




