責はカイルへ、雑事は母へ
改めて朝の件を思い出して、私は気づいた。自分が大きな思い違いをしていたことに。
恥ずかしいのは当然だ。幼馴染みの男子に下半身丸出しで迫られて口塞がれて壁ドン。こんなの恥ずかしくない方がどうかしてる。
あんな経験は誰だって想像すら出来ない珍事中の珍事で、もはやどこからツッコめばいいのかも分からない謎の恥辱感で思考がフリーズしたのも致し方のない事だと自信を持って断言出来る。
だけど、それは私が恥ずかしいだけなんだ。起こった事象を冷静に振り返ってみれば、私はあくまで被害者でしかない。口に出して説明するには恥ずかしいことが起きたのは確かではあるが、私の側に恥ずべき事由は存在しない。
だというのに、私はカイルに見せつけられたことでそれを恥ずべきことだと判断してしまった。私の乙女としての汚点になり得る事実を隠匿しようとするあまり、黙秘するという行為が未来にどんな影響を与えるのかを全く考慮していなかったのだ。
……学院は貴族の学び舎である。
そして貴族には、定期的にパーティーを開いて各自の知り得た情報を共有する習慣がある。
教室で私たちを取り囲んでいた人達は、きっと親しい人達に、今日あったことを語るのだろう。自身の主観も混じえて話題性を増し、あることないこと語るのだろう。
そうしてやってくるのは尾ヒレがたっぷり付いた爆弾級の噂話があちらこちらで語られる未来。貴族社会に「あの聖女と呼ばれているソフィア・メルクリスが、実は……」という話題が飛び交う未来が、今こうしている瞬間にも刻一刻と迫っていたのだ。
……確実に。百パーセント、お母様の耳にも届くね。間違いない。
そうして呼び出された私は笑顔の仮面を貼り付けたお母様にこう問われるんだ。「貴女は学院で何を話しているのですか?」って、地獄の閻魔様よりも恐ろしい声でね。
そしたら私だってこう言うしかないじゃん。「待って、違うの、誤解なの。私とカイルは噂話のようなことなんてしてないの。変態遊びをしていたカイルが断りなく部屋に入った私にうっかり襲いかかっちゃっただけなんですよう!」って、事実を説明する他なくなっちゃうじゃん。
すると次はどうなると思う? 私が必死に弁明を始めると、お母様はきっと疑わしげな目を向けてこう言うんだ。
「もはや事実がどうかという問題ではありません。そのような話が広まっていること自体が問題なのです」とね。
あの人はねぇ、もう、本当にね!? 取り付くしまもなくとりあえず私を罪人に仕立てあげようとするんですよう!! 実の娘を一切信用してないんですよう! ようようよう!!
不満を募らせた私がどれだけ憤ったところで、一度動き始めた未来の流れは変えられない。これまで幾度となくお母様に叱られてきた私には分かる。
今回の案件――既にお母様の耳に入らないようにするには手遅れであると……。
つまりはもうどーしよーもない。お説教を回避する方法なんて考えるだけ無駄のお手上げ状態。
するとね、後はもうあらかじめ言い訳考えておくくらいしかできることが無いわけ。そーやって考えていくと追加で叱られそうな内容も見えてきちゃうわけなんですよこれがまた。どれだけ正確に予測できたってあんまり嬉しくはないんだけどね。
――学院。噂話。聖女。肩書き。義務と役割。
……実は私ね。こう見えても結構モテてるらしいんですよ。
まあ半分くらいは合法ロリに引かれた変態さんからの特殊需要も混じってはいるんだけど、そうでなくても私って結構な優良物件らしいのよね。
一番の売りでもある魔法関係は情報規制の関係もあって、学院に子供が在籍中の家が「なんか凄いみたい」くらいしか知りようはないはずなんだけど、勉学の優秀さは普通に表に出してるからね。それに加えて王妃様が幼い頃から聖女ちゃん呼びをして一目を置いていたというのが貴族的には高評価みたいで、私は正式に聖女の肩書きを賜る前からそれなりにお嫁さん候補として有力なご令嬢であったらしい。
――そこにお兄様の価値が加わった。
――その妻アネットの価値も加わった。
その結果、ドンドドンとすぐさま倍々にもなる勢いで私の価値は跳ね上がり、今では王族の子女をも遥かに凌ぐ超絶優良物件へと成り果てているらしい。この私が。信じ難いことに。
私だってイマイチ信じられなかったけど、お母様が珍しく真剣な顔して「あなたを【聖女】に推していて良かったと心から思います」って言ってたから良く覚えてる。ついでにお父様も自慢げに似たようなことを言ってた記憶はあるけど、残念ながらそっちはあんまりよくは覚えてないなぉ。なんでだったかな? 珍しくリンゼちゃんと遊んで時だったんだっけ? まぁいいや。
とにかく成人直後からバリバリ有能な働きを見せるお兄様と、新進気鋭のアネット商会の商会長。この二人の係累である私は是非ともお嫁さんに来て欲しい人ナンバーワンなのだとか。毛生え薬と化粧品の効果マジ凄いってビックリしたよね。
私、聖女になってて良かった。ほんっと〜に良かった。
結婚の申し込みなんて、それが私に送られたものだと聞くだけでもう、「あ〜〜〜っ」って背中が痒くなっちゃうもんね。あってよかった聖女特典。だけど、その特典が今回の問題だった。
ほら、聖女って神に仕える存在だから結婚が免除されてるわけじゃん。神様に他人の手垢のついた女の子なんか遣わせられないって理由で「結婚しなくてもいいよ、むしろしないで」っていう免状を貰ってるわけじゃん。だのに男との同衾の噂とかどう考えても大問題だよね。
しかし私は知っている。幸運なことに、こういう時にどう対処するのが最適かということを知っている。
――困った時は、全部まるっとお母様に!!
これこそが私の秘奥義。お小言を代価に最上の結果を得られる万全の構え。
お母様にはちょっぴり多めに叱られるかもしれないけど、いいんだ。だって私、お母様に叱られるのは慣れてるからね!!
普段から叱られまくった結果、ソフィアはお小言を聞き流せる特殊能力を手に入れていた。
……単なる慣れと言えなくもない。




