嗚呼、食事よ幸福たれ
プルプル、プルルンっ!
瞳を魅了して離さない魅惑の躍動感。
弾むように揺れ動く様を眺める楽しさも然ることながら、仄かに香る甘いフルーツの芳香もまた、この一時を特別なものへと昇華させる要因となっているのだろう。
目で楽しみ。香りで楽しみ。
触れて感触を楽しんだ後に、食感、味覚と、幸せの範囲がどこまでも大きく拡がっていく。
――ああ、これが幸福の味なのか。
匙を咥えたまま全身を満たす幸福感に浸りきることが、もはやこのデザートへ対する礼儀のようにすら感じられる。
たかがゼリーと侮るなかれ。
ゼリーだからこそ出せる素材の魅力を最大限にまで引き出したこの作品は、もはや食べる芸術品と呼ぶに相応しい。それだけの逸品を食せる機会を得られたことに、私は深い感謝を覚えずにはいられない。
しかも。しかもだよ!? 甘くて美味しいというデザートにとって基本とも言える要件を兼ね備えているにも関わらず、このゼリーという食べ物はダイエット食品にも名が上がる逸材。「食べれば太る」というおやつの概念に真っ向から蹴り飛ばす可能性を秘めた、世界中のダイエッター希望の星となるべく生み出されたかのような食品なのだ。
甘さの主役はフルーツ由来のものだから健康にもいい。
お腹も程よく満たされるし、フルーツの数だけ味の変化を楽しめる。
ゼリーとは、まさにおやつ界に現れた救世主のような存在なのだ……!!!!
「ソフィアちゃんは、本当に美味しそうに食べるわよねぇ……」
「見てるこちらが幸せになる食べっぷりよね」
「ネフィリムも大概だけどな。二人が食べてるのを見てるだけで満足できそうだよ」
「ふふっ。二人とも幸せそう……」
気がついた時には、既にデザートに手をつけているのはネムちゃんと私の二人だけで、他のみんなは食べてる私たちを生暖かい目でじっと見守る観客と化していたのだった。
いやん、恥ずかしいからそんなに見ないで。
っていうか人の食べる様をじっくり眺めるなんて趣味が悪いよ! さあ、みんなも見ているだけではなく、早く! この美味しいゼリーを食すのだ!!
「みんなはなんで食べないの? こんなに美味しいのに。ねぇ?」
「んむ、んむぅ!」
……いや、まぁね。ネムちゃんのこの幸せそうな顔を見れば、食べるのを後回しにして暫く眺めてるだけでもいいかなー、なんて思っちゃう気持ちも分かるけどね。どうせ今すぐ食べないと誰かに自分の分を食べられちゃうわけでもないしね。
私も鏡を見ながらデザートとか食べたことがあるわけでもないけど、自分が美味しい物を食べてる時にどれだけだらしない顔をしているかは知っているつもりだ。前世でも今世でも、好きなものを食べてる時に「本当に美味しそうに食べるわね」と言われた経験は一度や二度では済まない。飽きるほどに言われ慣れていると言っても過言ではない。
前世の美人とは言えない顔だった時でさえそんな台詞とともにまじまじと食べる様子を観察されていたんだ。そんな私が、超絶美少女となった今の姿で同じように幸せそうな顔していたらどうなるだろうか? 美味しい物を心の底から堪能して「この世の幸福はここにあり!!」とだらしなくほっぺたを落っことしていたら、見た人は一体どんな気分に陥るのだろうか。
……自分の容姿を絶賛するのは恥ずかしくはある。恥ずかしくはあるのだが、今の私が客観的に見て美少女であることは厳然たる事実である。
……つまり、恐らくではあるが。
美味しいものを食べて幸福を享受している真っ最中の私を見た周囲の人は、美少女であるネムちゃんがデザートを食べている現在、それを眺めている今の私と同じような心境に陥っているのではないかと思われる。
「んむぅう〜。あむ、はむぅっ♪」
――かわいいが過ぎる。
なんてーの、この感情になんて名前を付けたら良いのかしら。尊み? 擬人化? 人類愛? 世界平和?
幸福を題材に描いた絵画ですかって感じ。天から遣わされた平和の使者なんですかって感じ。あの幸せそうな顔を見たら他のどんなことだってどうでもよくなっちゃうわ。なんて無防備な顔をしているのか……ッ!
あれはね、ちょっと、予想外だった。予想外というか予想以上だった。
私もあんな蕩けた顔してたの……? だとしたらちょっと、人前で喘ぎ声あげちゃった時並に恥ずかしいんですけど。あんなの一歩間違えたら猥褻物じゃん、変態ホイホイだよ危険が危ない。
――だがそう思う一方で、ネムちゃんがあんな顔を晒しちゃうのも致し方ないかと納得する理由もあった。
まーーシャルマさんの作るデザートが美味しすぎるんだよね。それに尽きる。
だけどね、これは由々しき問題ですヨ?
私は美味しいものは美味しく頂くことをモットーにしている。
ナマモノはお早めにという意味も勿論あるけど、ここで言いたいのは環境のこと。
トイレの中でカレー食べたい人なんていないでしょ? 図書室でバリボリ音のするビスケットを美味しく食べることができますか?
少なくとも私には無理だ、確実に味に集中できない。
食事を邪魔しない香りだとか、周囲からの視線が無い環境だとか。そういった要素も美味しく食べる為には必要なのだ。
食べる人の精神状態によっては味だって大きく変わってしまう。
食事とはとても繊細だ。
だがそれ故に、美味しく食べることはとてつもない幸せを呼び起こす行為にもなりうるのだ。
――なんて、長々と語ってみたが。
つまるところ、私が何を言いたいかと言うとだね。
「いつも美味しそうに食べて頂けるので作りがいがあります」
「見てるだけで癒されるわよね〜。下手な栄養剤よりよっぽど効果があるんだから」
――気が抜けてる時の顔をあんまり吹聴しないで下さい。お願いします、どうか察して?
友達同士でも知られたら恥ずかしいことくらいあるんですよう!
「いやソフィアが甘い物を美味しそうに食べるのくらい誰だって知ってるでしょ」
「恥ずかしがらなくても大丈夫だよ……?」
「むしろ他に恥ずかしがらなくちゃいけないところがいっぱいあるよな。短気な性格とか兄姉への猫被りとか……」




