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侵食された安息の地


 クラスメイトたちからの過酷な尋問の疲れを癒すため、安息の場所として選んだのがこのヘレナさんの研究室だった。少なくとも当初、私がそのつもりでいたのだけは確かなのだ。


 だが――そう、「だがしかし」と言わざるを得ない状況が、約束の地であるはずのこの場所で発生した! 私の愛すべき安寧が崩壊の音を立てて脆くも崩れ去ってしまったのだぁ!!


 その崩壊を招いた大罪人は、あろうことか二人もいる。


 愚かにも私が自ら招き入れてしまった獅子身中の虫――身内の二人(ミュラーとカレン)


 彼女たちが安易に話した教室でのやりとりを、この地の支配者ことヘレナさんが「楽しそうね」などと反応してしまった時から、この結末は避けられなかったのかもしれない。


 とにもかくにも、穏やかな食後を過ごせると無条件に盲信していた私の平穏はこのような経緯を持って、儚くも露と消えたのだった――。



「へえ〜、皆で共同生活。なるほどねぇ〜」


「はい。それで今朝方、どうやらカイルの部屋で何かがあったみたいなんですけど、二人とも何があったのかは頑なに教えてくれないんです。ソフィアもまた意味深な隠し方をするものですから、女子がみんな面白がっちゃって……」


「ソフィア様は男女の色恋からは縁遠いように見受けられますから。皆様はそれだけソフィア様のことを心配なさっているのでしょうね」


「えっと、あの、それもそうなんですけど……。でもそれだけでもないというか……。……実はカイルくんも、結構人気があるというか、……えっと」


「今日は二人とも大人気だったの!」


 ――ハイ、という訳でね。私とカイルはまたしても貝のように口を噤んで自分の世界へと閉じこもっているのでありますよ。


 おかしいよね変だよねありえないよね、だって似たようなやり取りを嫌って私達はここに逃げ込んできたのにさ。なんでよりによってここでその話題が再燃してるの? これって火種を完全には潰さなかった報いなのかな。


 ってゆーかそもそもの話ね。なにがそんなに皆を引き立てるのか? なんでそんなに私とカイルのやりとりを気にするのか? そこが分からない。


 カレンちゃんとミュラーだってカイルとひとつ屋根の下で寝てるというのに何故そちらはスルーしているのか。男子諸君はなによりもまず先にそっちを理由にしてカイルのことを責めるべきなんじゃないかなと私は思うんですよね。私とカイルが何かしらやりあってるなんていつものことでしょ?


 確かに普段の生活の中で娯楽が少ないということは理解している。楽しそうな話題があれば興味を引かれる。その感情は理解できるよ? でもその振れ幅がどこかおかしいというか、やっぱり私に絡む時だけその執着度合いがマシマシになってるんじゃないかとソフィアさんは感じてるわけ。


 男女間で、互いへの接する態度が普段とは少し違うという程度で誰も彼もが何があったのかを楽しく暴き出す方向へと動き始める。前世の学校でだって似たようなことは起こってたよ。でもね、こっちだと明らかにその流れに至るまでが無駄に早くて大きいのよね。


 個人間のそんな些細な出来事を気にするのなんてね、普通は特に近しい人達くらいなものなのよ。私だってクラスの皆とは仲良くさせてもらってるけどさ、それにしたって寄ってくる人が多すぎるでしょう!? って考えずにはいられない。みんな明らかに私の反応見て楽しんでたよね。


 そんな彼女たちに、私は声を大にして伝えたい。もっと他にやることあるでしょうと声を大にして文句を言いたい。具体的には勉強をしろと、勉強を!


 こう言ったらなんだけど、今回みたいなことがあった時に真っ先に集まって来るのって、やっぱり休憩時間に自習してる姿とか見たことない人ばっかりなんだよね。誰に言われずとも自習するような人って誘惑への耐性が強いのよやっぱり。


 私だって娯楽の大切さは身に染みて知ってる。

 自分が娯楽として扱われるのははなはだ不本意ではあるけども、自分の存在が皆の楽しい日常を形作っているのだと考えれば、多少の我慢だって出来はするよ。我慢出来るけど、でもさぁ……。


 ――やっぱり娯楽って、みんなで楽しむものだと思うんだよね。


 つまりは私も楽しむ(カイルを弄る)側へ回りたいと、結局はそういう話なわけで。


 あ、カイルはいいのよ。カイルはほら、男の子だからさ。女の子に寄って集って「ねーねー、どうしたら教えてくれるのぉ?」なんて擦り寄られるのなんてむしろご褒美でしょ。実際羨ましがってる子とかもいたし。


 なので問題は、私だけを除け者にしてみんなが楽しそうにしてることなのです! そろそろ羨ましさが臨界点を突破しそうなのですよ実は!!


 ……あっ、でも美味しいデザートとか貰えればもうちょっとくらいは保つかもしれない。


 美味しいお菓子は世界から争いを無くせるチートアイテムだよね、なんてことを考えながらいつもおやつが湧いて出てくるワゴンに目をやれば、屈んで作業をしていたシャルマさんと不意に視線が絡み合ってしまった。どちらからともなく、その顔には微笑みが浮かんでくる。


「今日のデザートは何ですか?」


「本日は季節のゼリーをご用意しております」


 ほう、ゼリーとな。それも季節の……ほほーう?


 とりあえず三種類は絶対にあるな。


 クンクンと鼻を鳴らし、匂いだけで既に口内にツバを溜め込み始めていた私は、躾られた犬のように大人しくシャルマさんの給仕を待つ淑女と化した。


 もはやこれは給餌ではないかなとか思ってないよ。シャルマさんの犬になるのもアリかなとかも思ってないよ。


 私は気品溢れる淑女(レディー)ですので! ヨダレなんかも垂らさないよ!!


ソフィアのせいで研究室が賑やかになる機会が増えているが、研究室の主としては困ったことに、騒がしいのも案外悪くないものだと最近思い始めているのだとか。

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