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ネチネチ男子と無邪気の癒し


「酷い目にあった」


「それはもうごめんねって謝ったじゃん」


「ごめんで済むか!! お前ほんと……ほんっとにもう……ありえないだろ……!?」


 どうしましょう。カイルさんが激おこですわー、きゃーこわい。


 そんなに怒られたら朝のことを思い出して身体が震えちゃうー、きゃーいやーんまた襲われるぅー。


 ――とかやってあげてもいいんだけど、流石に今回のは申し訳なかったと思ってるので甘んじて怒りを受け止めようと思う。いや本当に、意図してカイルに押し付けた訳では無いんだけどね。


 誤答とはいえ「ソフィアに娯楽(エロ)本を見つけられたカイルがその存在を口止めしていた」というストーリーは彼女たちにとって非常に納得のいくものであったらしく、あれだけまとわりついてた好奇心旺盛なクラスメイトたちが昼休みの始まる頃にはすっかり次の話題へと標的(ターゲット)を移行していた。


 妄想と想像の飛び交う次の話題……すなわち「カイルはどんな娯楽本を好んでいるのか」というタイムリーにして想像の余地が無限大に広がる恐ろしい話題だ。


 今もなおあの教室の中では、淑女という殻を脱ぎ去った女子たちが「硬派で通していたカイルくんはその内にどれだけの変態性癖を溜め込んでいたのか」という話題で大層盛り上がっていることと思う。男子も交えて際限なく膨らんでいく妄想に辟易とした私たちは、これはもうヘレナさんの研究室に避難をするしかないと考えたわけだ。


 まあもっと単純に、いつもどおりお昼ご飯を食べに向かってるだけとも言うんだけどね。でも気分的には脱出の意味合いが強かったから。あの空間で落ち着いて食事とかできるわけないよね。


 私たちのクラスは既に妄想だけが支配する腐海へと堕ちた。

 もしも常識人が未だあの空間に取り残されていたとしたら、僅か数分で理性は呑み込まれ頭の中がえっちなことで汚染された犠牲者となっていることだろう。マトモな神経で長くいられないよあんな所!!


 でも彼女たちはきっと、誰もがそうやって理性を失っていくことを望んでいるのだ。


 人の理性を剥がし、本性を剥き出しにさせたところで、新たな犠牲者に向かってこう囁くのだ。「貴方はどんな娯楽本だったと思う? カイルくんがソフィアを想って買い求めた娯楽本は、どれだけの量に上ると思うの?」と、邪悪な笑みを顔に浮かべて、理性を取り戻そうと足掻く思考を二度とは戻れぬ堕落へと引きずり込むのだ。


 ――嗚呼、なんと恐ろしい……。


 せめて私たちが教室に戻る頃には聖職者(せんせい)による浄化の秘術(授業の開始)が成されていることを願う。下手に盛りあがったところに戻りなんかしたらどんな扱いを受けるか分かったもんじゃない。


 内輪で盛り上がりすぎた彼女たちはタチの悪い酔っ払いみたいなものだ。何を仕出かすか分からない怖さがある。


 あーゆーのはね、近寄らないに限るの。酔いが回って自滅するまで近付かないのが最良だとお父様で学んだ。お土産をくれたカイルのお父さんに気を使って我慢して相手したってのに何も覚えてないとか冗談じゃないよ。私はお父様自慢のコレクションじゃないんだからね!


 酒臭い息に囲まれた苦行が無かったものにされた時の怒りの感情を思い出していると、隣を歩いていたカイルがこれ見よがしに溜め息を吐いた。


「ソフィア、今は俺がお前に怒ってるんだけど」


「だからごめんて」


「謝る気ないだろ……」


 いや、あるけどさ。これだけしつこいと面倒くさくなってくるのはしょうがないじゃん。


 カイルがいつまでもネチネチと私を責めてくるせいでカレンちゃんはずっと黙ったままだし。ほら見てよ。ミュラーだって呆れて苦笑いしているよ?


 カイルの面倒くさい空気に影響されていないのなんて、周囲の空気に一切頓着することなく生きていけるネムちゃんくらいのものだ。


「ふんふふーんふふん♪ わっはわっは、わっはっはー♪」


 謎の歌を口ずさみながら先頭を往くネムちゃんは実にご機嫌だ。教室での出来事も「みんなえっちなこと好きだなー」の一言で流せるのは精神が幼すぎる為なのか、はたまたそれだけ心に余裕があるのか、判断に困るところがある。


 ただ一つだけ確かなことは、元気いっぱいなネムちゃんを眺めることによって、私の精神はいくらか救われているということだけだ。


「ふっふぃーん♪」と手を広げて廊下を曲がったネムちゃんに声を掛ける。


「ネムちゃん、そっちじゃない。逆。こっちの道だよ?」


「お? おー。確かにそっちの方から美味しそうなにおいする!」


 いやいや嘘でしょ。そんな匂い……え、するか?


 思わず《嗅覚強化》を強めて確かめてしまったが、今の時間はお昼時。美味しそうな匂いなんてあちこちからしているに決まっていた。


 ……ついでに言えば、遠くから感じる微かな香りよりも先に、近くにある匂いをより強く感じてしまうのもまた当然の結果だった。


「ぐっふ」


 思わず膝から崩れ落ちた。


 不意打ちの一撃は想定以上のダメージを孕んでいたのだ。


「え、なんだ急に。どうした? 自分の非道さを自覚して耐え切れなくなったか?」


 うるせぇ黙れカイル。そして近付くな離れろ身体を一生分今すぐに洗え。


 あんたの体臭をうっかり嗅いじゃって朝に超至近距離で迫られたことを思い出したとか言えるわけないでしょ!!?


「ソフィア大丈夫!?」


「カイル、咄嗟に支えるとかできなかったの? だらしないわね」


「だからなんで俺が責められんだよ……」


 突然に非難の嵐を受けて落ち込みながらも「どうせ変な妄想してたからに決まってるのに……」と不満を漏らすカイル。


 本当に私のことをよく理解しているなと思いながら、差し伸べられた手を取り立ち上がった。


「ありがと、カイル」


「はいはい」


 ……てゆーかこいつ、改めて見ると背だけじゃなくて手もデカイな。


 爪の垢を煎じて飲んだら背が伸びたりとか……しないか。するわけないよね。


「(どう、なのかな?)」

「(何かがあったのだけは確かだと思うけど……)」


ソフィアとカイルの間に何があったのか、探っている者はここにもいる。

だが二人と近しい彼女たちであっても、真実を知るのは果てしなく困難であることに違いはなかった。

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