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風紀の「ふ」の字もありゃしない


 どよよんとした陰鬱な雰囲気。


 そばにいるだけで一緒に気分が落ち込みそうな、その最低の空気が、私たち二人の間に充満していた。


「……ソフィアのせいだからな」


「元はと言えばカイルのせいでしょ」


 授業中のために小声でボソボソと文句を言い合ってはいるが、そもそも元気にやりあうだけの気力が残っていないだけとも言える。既にお互い消耗し尽くしていて、相手を責める気力すらおぼつかなかった。


 いや、本当に、もうね。

 妄想が爆発した女子の強さを再確認したって感じ。


 なにせ貝のように自分の世界に引きこもってたカイルすらも引きずり出しちゃうパワフルさだよ? 女子にも無理なくお持ち運びができちゃう私が抵抗できるわけなんてなかったよね。


 何がいけなかったかと言えば、やっぱり一回でも反応しちゃったのがいけなかったんだと思う。


 私とカイルを向かい合わせに座らせてさ。代わる代わる聞いてくるわけ。「キスはした?」とか。「一緒に寝た?」だとか、まるで答え合わせのように色々とね。


 恐らくどの言葉により強い反応を示すかを見ていたんだろう、そのやり方自体は中々優秀だとは思うんだけど、如何せんこれまでに何度も同じような方法で弄ばれてきた私たちにとっては最早慣れたものでね。既に確立された対処法があったのよ。


 その方法とはズバリ「そもそも話を聞かないこと」。これに尽きる。


 カイルと二人で、目を閉じ、口を閉じ。


「あ〜、今日のおやつはなんだろうな〜」なんてことを意識して周囲の雑音をシャットアウトすることで授業の開始時間までを乗り切った。


 ここまでは良かった。最悪な状況の中でも最善を尽くせたと自信を持って言える。


 ただね、本当に問題なのはここからなのよね。


 発端を作ったお騒がせ娘に「次は……嗅ぐから」と謎の宣言を受けるまでもなく、彼女達は話題への関心度によっては授業が終わった途端に再突撃してくる。その際の手際は見事の一言。


 まずはさりげなく出入り口を封鎖して、そんでもって多数でじわじわと包囲を狭めて。満足させる話が出来るまでずーーっと付き纏ってくるんだ。あーでもないこーでもないと楽しげな妄想を間近でずっと垂れ流しながら、ずっと、ずぅーっとこちらの根負けを待ち続けるんだ。


 そんな経験を何度も繰り返してきた私が思うにですね。今回の件はこれまででも最高の食いつきでして、今までの経験と照らし合わせて考えても恐らく放課後まで解放はされなかったりするのではないかと。ええ、少なくともお昼休みまでに飽きてくれる可能性はまず望めないでしょうね、本当に、とてもとても残念なことに。


 …………いっそ嘘でも「想像通りのことがあったよ」とか言ったら、一時は満足してくれる可能性も……。


 いや、ないな。ないない。そんなの油の染み込んだ布に火種を放り込むようなもんだわ。燃え尽きるまで赫灼と燃え上がるのが目に見えてる。


 彼女達の本気はあんなもんじゃない。今は私が未だに未経験の乙女だということで辛うじて均衡が保たれている大変危うい状況なんだ。私が同族だと認められてしまったらどれだけ卑猥な会話が飛び出すか想像もつかない。


 ……今更ながらに思うけど、男子も普通にいる空間でも気にせずに猥談で盛り上がれるのって相当メンタル強くないかな。


 いや確かに、私の所属する集団が女子グループだからそう思うだけで、男子は男子で「あの先輩がスゴいって噂は本当だった」だの「俺ので啼くほどヨがらせてやった」だの聞くに絶えない発言が聞こえてくることもあるんだけどさ。


 ……うん、改めて思い出してみたら、結構男子もあけすけな会話してたわ。私が意図して聞き流してただけだわ。無駄に聴覚強化してる影響もあるしね。


 いくら性に興味を持つ年頃とはいえ、このクラスの皆はまだ十三か十四歳でしょ? それでクラスの殆どが経験済みってどうなってんの。


 異世界マジこわい。風紀が乱れすぎてて身の危険を感じちゃうわー。


「……? ソフィアなんか震えてねぇか?」


「ちょっと貞操の危機を感じてた」


「なっ……! それ、は……っ! ――〜〜ッ!」


 は? なんでカイルがそんな反応……ああ、朝の件を揶揄されたと思ったのか。


 まあ確かにあの時は、前世含めて考えても一番「もしかしたら」に近い場面だったのかもしれないけど。冷静になって考えてみるとカイルが私を犯す利点とかないよね。私絶対泣き寝入りとかしないし。そもそも私って子供体型だから普通の男は私じゃ身体が反応しないだろうからね。


 ……普通の、ロリコンじゃない男だったら、だけどね?


 カイルは……どうなんだろうなぁ。

 怪しいと思ったこともあるけど、少なくとも真性ではない。真の変態は一目で分かる、というか一瞥されただけで分かる。


 ――真の変態の視線はね。キモ親父に痴漢された時と同じくらい、全身を寒気が駆け巡るんだ。


 その点カイルは安心安全。クラスの男子から時折感じるエロい視線もカイルからは感じたことない。


 だからこそ偶に「こいつ私のこと女だと思ってないんじゃないか」とか考えちゃうんだけど、変に意識されるのもそれはそれで困る。結局は今の関係が心地好いということだろう。


 だから私も本心では、朝の件をどうにか穏便に済ませたいんだけど……。


「朝の件じゃないから心配しないでいいよ」


「あ、ああそうか。なら安心――いや安心できないだろ!? なんでそんな――」


「――カイル。授業中だから」


 ンンッ! とわざとらしい咳をする教師を示しながら落ち着かせる。ちょっと意識させただけでこれだもんなぁ……。


 いや、あれ? うん? 今のはまさか私のせいかな?


 聞きようによっては「朝の件とは関係ないけど、それとは別に貞操の危機を」……。


 ……まあ、あの、ほら。カイルが私の貞操を気にする必要は無いということで、ここはひとつ。ね?


 授業中は真面目に授業を受けるべきだよね!!


授業中にボソボソと内緒話を交わし。声を荒らげた男子から漏れ聞こえた言葉は「安心できない」――。


それを聞いたとある男子はこう思ったそうだ。

「お前らもう早く結婚しろよ」


その一方、とある女子はこう思ったそうだ。

「『だから俺がついててやる』って?ごちそうさまです!」

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