心が弄ばれてゆくぅ!
汚れない靴の言い訳を考えてたら、その微妙に緊張感漂う空気を割って、ミュラーが耐えかねたように聞いてきた。
「ねぇソフィア……。本当に、カイルにいったい何をしたの? あんなに弱ったカイルは見たことがないのだけど」
えー……? なんで私が責められてる感じになるのかな。カイルと比べて余裕があるように見えるせいか? だとしたって、とても納得がいきませんよこれは!
部屋に入ったら見たくもないものを見せつけられてそのまま拘束。
体格差やら半裸の男に組み付かれる精神的な嫌悪感やら、後はあれか。荒々しい言葉による脅迫。恫喝なんかもされたりしたな〜。
力ずくで無理やり押さえ込まれいつでも犯せる状態で脅迫された、なんて事実を客観的に考えれば、被害女性が私で無ければトラウマになることは必至だ。普通だったら一生モノの心の傷を負うようなことをされたんだからね。
そんな状況、どー考えても私が被害者側じゃないの。だというのに何故か疑われてるのは私という世界の不条理。
……まあ、普段からカイル弄って遊んだりしてたからさ。疑われるだけの理由に心当たりは無いとは言えないんだけどね。
ともかく、私は思うの。みんなね、一見紳士っぽいカイルの顔に騙されてるのよ。
カイルはあれで結構イタズラとかも仕掛けてくる悪童タイプなんだからね。昔なんか酷かったんだよ? まだカイルの調教が十分じゃなかった頃なんて、私が虫が苦手だと知った次の日に虫を籠いっぱいに集めてきて私の部屋で、部屋で、ぶちまけっ……!
だああっ、思い出すのもおぞましい!!!
カイルはね! あれね! みんなの前では猫被ってるだけなんだからね!?
そもそも! 普段の態度だけ見て想像で他人を非難するなんて良くないと思う! 不当な決めつけに、私は不満を感じています!!
……とはいえ、疑ってしまう気持ちは分からなくもない。私だってカイルの撲殺死体が見つかったりしたら「それミュラーが犯人じゃない?」と思っちゃう自信はある。思っちゃうだろうけど、でも本人に直接「なんで殺したの?」と聞きに行ったりはしないから。せめて証拠が出るまで容疑者のままで留めておくから。
なのでやっぱり、私を疑ったミュラーは悪い子だと思います。
事情を知らないから仕方ないとはいえ、一方的に決めつけられて不快な思いをした私はその気持ちを表明するために、努めて不貞腐れた顔を作って文句を言った。
「……何があったかは、言えないけど。でも私がカイルに何かしたんじゃない。私はやられた方なんだからね」
「ヤられたの!?」
ちょっと外野、うるさい。黙って。嬉しそうに言うんじゃないよ。
ていうか今の明らかにニュアンス違ったでしょ。私まで卑猥な発言したみたいに聞こえちゃうから変な反応しないでよね!
「カイルがソフィアに何かしたの?」
「何かしたっていうか……まあ、されたりもしたんだけど……」
「ナニを!? カイルくんにナニをされちゃったの!? きゃああ!!」
うるさいっつってんでしょ。きゃーじゃないよきゃーじゃ。そういうのはされてないからもうホント黙って?
ジロリと思い切り睨みつけたら、「いやん、ソフィアに睨まれちゃった♪」と悦んでくねくね踊り出した。それと同時に、他所から「照れてるソフィアかわいい」との声も。
照れて……いや、ブラフだ。確認するな。事実がどうあれ顔の紅潮くらいすぐに治せる。
恥ずかしがってなんかない。カイルのアレを思い出したりなんかも当然してない。
いやここでいうアレっていうのは決してカイルの下半身についてるアレではなくて。口を塞がれた時のゴツゴツした手とかあの行為全体のことであって膝に感じたやわっこい感触とかそんな意味なんか全く無くて――
「うわ赤くなった」
「え、ホントに? え、ホントに!? カイルくん遂にやっちゃったの!? うわーおめでとう!」
「いや待って。されたり『も』ってことは、もしかしてソフィアからも既に……?」
「ソフィアの性技は私が育てた」
「周りで猥談してただけでしょーが……」
やばい。ミスった。対応を間違えた。取り返しがつかない……!
加速度的に勢いを増す彼女達を今から説き伏せることなど最早不可能。ここからはもう、どのようにして被害を最小限にするかを考えるしかない。
「え……? 本当、に……?」
「ソフィア、大事な事だから隠さずに教えて。……本当にカイルとは寝てないのよね?」
「寝てないです」
ああもう、ほらぁ! カレンちゃんとミュラーも勢いに呑まれて、すっかり妄想の餌食に――
「信じるわ」
――と思ったのだけど、どうやら周囲の盛り上がりたいだけの人達とは違ったご様子。
え、本当に? 本当に二人とも信じてくれるの? カレンちゃんなんか今思いっきり「絶望した!」みたいな顔してたじゃん。本当に私の言うこと信じてくれるの?
「なんで信じてくれるの?」
「仲間なんだから当然でしょ」
……仲間? 仲間、かあ。その響きは……なんか、いいかも。絆の深まる感じがする。
ミュラーは私の事なんか都合の良いサンドバッグくらいにしか見てないかと思ってたけど、ちゃんと仲間として見てくれてたんだね。なんか、思ったより嬉しいかもしれない。
「それにね」
それに? まだ理由があるのか。
まあ私は普段から嘘は言わないし、積み重ねてきた信頼というものが――
「ソフィアは別に、歩き方が変になったりはしていなかったものね」
全然違った。なんだよ、感動して損したわ。けっ!
はいはいそーよね。どーせ女子の友情なんてそんなもんよね。
仲間だから当然? はっ! ミュラーが信頼してるのは自分の目じゃないか! しかも初めっから私のこと疑ってたしね!?
あーあー、感動して損した。
やっぱり私の天使はカレンちゃんしかいないね。カレンちゃん、傷心の私を慰めて、プリーズ。
「いや〜そっか〜、遂にかぁ〜」
「ね、ね、カイルくん。ソフィアかわいかった?ソフィア、かわいかった?」
「(……なんで俺、こんなところにいるんだろう……)」
いつも絡んでくる男友達が、今はただ、無性に恋しい。
そんなことを想うカイルだった。




