楽しい話に飢えてらっしゃる
聖女とは、時々神殿騎士団を率いて魔物を間引くことを条件に、結婚話を全て拒絶できる大変便利な肩書きである。
では、その聖女の為に建て直されたという経緯を持つ神殿は。
神殿とは、いったい何の為の施設なのかというと――
「何の為の施設なんだと思う?」
「嘘だろ? お前代表者じゃないのかよ……」
分からないことは素直に聞く。
その信条に則って行動したら、カイルに「信じらんねぇ」と馬鹿にされました。朝のこともあるのに妙に強気でいっそ逆に心配になるわ。
もしかしてカイルってば、朝の事件が衝撃的すぎて記憶が飛んだりしてるんじゃないかな。下半身丸出しで異性に襲いかかるなんて衝撃的事件起こしたら、普通は相手に申し訳なさ過ぎて顔も合わせられなくなると思うんだけど。
まあ顔合わせる度に過剰な反応されてもそれはそれで困るから、別に悪い訳でもないんだけどね。
ただあれだけのことを仕出かした本人が、まるで何事も無かったかのよーに過ごしてるのが、被害を受けた側としてはちょっとばかし気になるわけで。
気になったらまあ、どうにかしようと行動するよね。
というわけで、周りの目もあるのを承知の上で、本人に直接聞いてみた。
「カイルってさ。朝の出来事覚えてるよね?」
「……………………」
うわ、めっちゃ睨まれた。
でもなんだ、そうか。やっぱりカイルも覚えてたのか。
覚えてたのにあの態度取れるってのもすごいな〜。
私だったら自分の弱みを握った相手とか絶対近寄りたくない。相手の弱みを握り返すまで弱みを利用されないように徹底的に接触を減らそうとするだろうところを、あえて普段通りに過ごすことでやり過ごそうとするとは完全に想像の埒外だった。
大体弱み握られた相手が私だよ?
真顔でスルーとかされたらそんなの、どれだけ耐えられるか試したくなるに決まってるじゃん。耐えられなくなるまで弄り倒すに決まってるじゃん。浅はかすぎるよ。
でもまあ時と場合は考える必要はあるよね、と考えていたまさにその時。クラスで一番その手の話に食いつきそうな輩が私の肩に絡みつくようにしなだれかかってきた。
「ねぇソフィア。……今の、何? 朝の出来事ってなに!? カイルくんと何があったの!?」
「神殿が何の為の施設か知りたかったんだよね? ミュラーかカレンは知ってる?」
「そんなこともうどうだっていいから!」
いやいや、どうでも良くはないでしょう。なにせ聖女たる私のアイデンティティ関わることだからね。
しかし問いかけ方が悪かったのか、ミュラーは苦笑いを浮かべただけで答える気は無し。カレンちゃんに至っては、なんと便乗して「私も、そっちの方が気になるかな……?」などと言ってきたではありませんか。
こうなるともう、後はいつもと同じ流れ。
無駄に大きな声に呼び寄せられて集まってきた淑女候補の皆様方が、実に下世話な妄想を淑女らしからぬ興奮した面持ちで語らい始めるのがいつものパターンですよ。もうね、何度も見たから知ってる。集まってきた段階で先の展開が読めちゃうのよ。
「ソフィアが?」
「なになに、ソフィアが遂に?」
「カイルくんとナニしたって?」
「朝から? 朝まで? え、どんな状況で?」
「えー、そうなの!? それはもうお祝いしなくちゃ!」
「ソフィアも遂に、大人の女性の仲間入りね……!」
楽しそうにしちゃってまあ。
でも今回は集まってきたメンバー的に、上手くいけば逃げられる可能性はあるかなと思う。仲間内の妄想で盛り上がると周りに目がいかなくなるみたいでね、ススッと離れるだけなら割と成功率高いんだよね。
話題的にカイルを生贄に使うと私にまで意識が向いちゃう危険があるし、ここは一人でひっそりと――逃走を開始したところで、襟首をキュッと摘まれた。
な、なにぃ!? 人混みと机の影に上手く隠れた私をこんなにも早く捕まえるとは、さては相当な手練だな!? ――とかなんとか驚いてたら、なんと私を捕まえたのは警戒対象から除外していたミュラーだった。手練も手練、私が知る限り世界で二番目の手練マスターさんでしたよ。
「……なんで捕まえたの?」
「それはまあ、私も気になってたいたし? それにほら、カレンのこんな顔を見たら……ねぇ?」
そう言われてカレンちゃんを見れば、私に見つめられたカレンちゃんは、ボッ、と顔を赤く染めて俯いてしまった。
……うん。よく分かんないけど、この顔を見たら全てを許したくなる気持ちだけはよく分かるな。
やはり可愛いは正義だよなぁ、などと一人納得を深めているうちに、他の人達にも私が逃走しようとしたことがバレたらしい。新たな包囲網が構築され逃げる隙が完全に失われてしまった。おーまいがー。
「さて、それじゃあソフィア」
「もちろん聞かせてもらえるわよね?」
「……朝、カイルくんといったい何をしてたのっ!?」
……あ、圧が。圧力が凄いよ。かわいい顔が台無しですよ淑女の皆様?
「あ〜……どうしよう、カイル?」
――これはもう逃げられないな。
撤退は不可能だと悟った私がせめてもの抵抗としてカイルに話を振ると、皆の注目を集めたカイルは、やがて小さく溜め息を吐き、ゆっくりと姿勢を正すと――
「何も話すことは無い」
との言葉を最後に、机に突っ伏して寝る体勢を取ってしまった。
それは古来より伝わる、外界からの関わりを遮断するポーズ。
異世界でも共通の「もう知らん寝る」というボディランゲージを見た皆の視線が、一斉に私へと向き直る。
「ひぇっ」
うわこっわ!? 皆さん目がギラついてて怖いんですけど!?
……わ、私も同じポーズしたら許してくれない? ダメ? ダメかな?
…………も、もうしらん寝るぅ!! がばちょっ!
「(あらら、ソフィア拗ねちゃった)」
「(カイルくんの真似してる、カワイイ〜♪)」
「(これはこれでずっと眺めていたい気持ちにはなるけど……)」
「「「(だが逃がさん)」」」
ソフィア、生物の本能により危険を察知。
だが逃げ道は既に失われていたのだった。




