クソ強切り札
記憶を消す魔法というものがある。
だから今朝の一件も、私の記憶を消したらそれで終了。悩む必要なんて一切無くなる。
それが最善だと分かってはいるのだけど……。
――なんてうじうじしてる間に学院に行く時間がやって参りました。
今日はなんだか時間の流れがやけに早く感じられるね。まあ原因は言わずもがななんですけども。
今日からしばらくは四人揃っての登校となる。
それはつまり、この狭い馬車の中にカイルと一緒に乗らざるを得ないということだ。
「――で、なんで私の隣がカイルなの?」
「いや、俺に言われても……」
四人で馬車に乗ったら通常、二人と二人に分かれる。それは座席の関係上当然の成り行きだ。
それは分かる。理解出来るよ。
でも乗る人が女三人と男一人だったら、もっと別の選択肢もあったと思うの。
「カイルは女の子に囲まれるのに慣れすぎてると思う」
「女の子って……いや、ああ、うん。そうだな」
おいなんだ今の反応。まるで私達を女の子として認識していなかったとでも言いたげじゃないか、ああん?
長年に渡ってカイルを観察してきた私には手に取るように分かる。カイルは今、私を見て「女の子……?」と疑問を覚え、ミュラーを見て「女の子……」と疑念を深め、カレンちゃんを見てようやく「ああ、女の子か」と納得を示したのだ。その役立たずな目を使えなくしてやろうか。
いつものように条件反射で思考を進め、はたと気付く。
……ああ、そういえば。私はもう、こんな掛け合いをする必要なんて無いんだった。
何せ私は、思考を歪める呪いと自らの羞恥心を代償にして、カイルに対して絶対の切り札を手に入れたのだからね……。
「そっか。カイルは私を女の子と――」
「すまん! ごめん! 俺が悪かった! 何でもするから許してくれ!!」
――女の子として見てないからあんなことが出来たんだね、と今朝の件を当て擦ろうとしたら、その機先を未来予知みたいな精度で制された。今の割り込み、スライディング土下座並のインパクトがあったぞ。危機感知能力飛び抜けてるな。
切り札の圧倒的過ぎる効力に若干呆気に取られていると、それまで私達のやり取りを静かに見守っていたミュラーから物言いが入った。
「ソフィア、今度はどんな弱みを握ったの? 今回は流石に、カイルが哀れに思えてくるんだけど……」
「え、それ聞いちゃうの?」
ミュラーってば鬼畜ぅ〜♪ と同類を見つけた喜びに声を弾ませた途端、視界が思いっきり横にブレた。カイルが勢いよく肩にしがみついてきたせいである。
「言うなよ!? お前ほんと絶対言うなよ!? お前それ言ったらどうなるか分かってるんだろうな!? お前だってただじゃ済まないってちゃんと分かってるんだろうなッ!!?」
ていうか近い。顔がクッソ近いよ。寄るな離れろ唾を飛ばすなと文句がいくらでも湧いてきたけど、あまりにも余裕のないカイルを見てたらだんだんと優しい気持ちになってきた。
カイル、カイルさんや。少し落ち着け? あんたそれ何かあったって全面的に認めてるから。むしろ私が脅されてるみたいになってるからね?
カイルのあまりの剣幕に、むしろ発端となったミュラーが引き気味だった。その弱みはカイルにとって非常にデリケートな問題なのだと今更ながらに気付いたらしい。
というかこの話題、責められかたによっては私にとっても致命傷となりうる問題なんだけど、カイルと私はこの件については一蓮托生。お互いに口を割ることは無いだろうことが確信できているので今は割と安心している。
……ええ、もちろん嘘です。普段通りにしてないと変なタイミングで思い出して赤面しそうだから結構頑張って余裕振ってるんですあははのはー。
なにせカイルは同居生活を始めた初日……いや、二日目か。たった二日で、幼馴染みの女の子の脳裏に取り返しのつかない傷痕を付けたんだからね。この調子でいったら一週間で神殿に暮らす全員にトラウマ植え付けちゃうんじゃないかと疑うレベル。私の知らないところでも色々な事件とか起こしていそうだ。
流石はカイル、主人公属性恐るべしといったところか。
……いや、この場合イベントを起こしたのは私の方か? 私が主人公でカイルイベントが発生したのか??
だとしたら今後、リンゼちゃんイベントや唯ちゃんイベントも発生するのだろうか。カレンちゃんとの女の友情エンドとかあったらそれも中々魅力的かもしれない。
まあ女の子を囲えるハーレムルートが見当たらなくて、なおかつお兄様とのトゥルーエンドルートが存在してたりなんかした日には、目指す道なんて悩むまでもなく一直線まっしぐらなんですけどね。
どうせ発生するなら私もカイルとのイベントなんかじゃなくてお兄様との特殊イベントを起こしたかった。
それで、こう……ああダメだ、カイルのせいで発生するイベントの内容が肌色方面のものしか思い浮かばなくなってしまってる。今度は半裸のお兄様を想像しすぎて授業に身が入らなくなりそうだよどうすんのこれ。
――頭を抱える私。私の肩を鷲掴み念を押すカイル。訝しげに私達を観察するミュラー。
そしてこの異様な空気の中、一人我関せずを貫いていたカレンちゃんはといえば。
「……この馬車、乗り心地いいなぁ」
などと、呑気に車窓からの眺めを楽しんでいましたとさ。
快適な馬車通学はメルクリス家が誇る駄馬車嫌い、ソフィアさんの強権によって提供されています。
この馬車、耐震性能だけで見ればおそらく王室専用のモノより優秀なのではないかと。




