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湿原に現れたる小象の威風


 ――そ、……ろ……



「ん?」


 眩い朝日が新しい日の訪れを祝福している穏やかな朝。


 日課の運動もせずに自室でフェルたちの寝顔を眺めていた私は、魔法で強化した聴覚が拾った僅かな声に、ヤツがようやく目を覚ましたのかと理解し笑顔を咲かせた。


 今の? 今のかな? 今のカイルの声だったよね?


 距離的にも位置的にも声質的にも、確実に完全にカイルの声だったよね? 間違いないよね??


 他所から聞こえる音も大きかった上に一発目でよく聞き取れなかったけど、多分「嘘だろ」と言ったように聞こえた。だとすれば、私の企みはものの見事に成功しているとみて間違いない。


 ああ……ダメだ、いけない。耐えられない。


 顔が自然と笑顔の形に歪んでいくのを止められないよォ……♪


 にまぁっ、と口角が上がってしまうのをどうにも抑えられない。この顔のままでいたら犯人が私だと一瞬でバレちゃう。


 平常心を……!

 なんとしてもここは、平常心を保つのだ……ッ!


 偶然を装ってカイルに接触。そしてカイルの弱みを握って虫退治を要求するんでしょう!?


 目的を再確認し、これからの流れ、示すべき反応なども改めて確認。軽く脳内でシミュレートしてみる。


 ……うん、よし。問題なくいけそう。ただし、私が不意に笑い出しさえしなければ。


 ……これは中々難しいミッションになりそうですね!


「ん〜、よしっ!!」


 気合い一発。お仕置という名目と面倒極まる虫退治を他人に押し付けるという野望を胸に。


 私はカイルの部屋を目指し、颯爽と一歩を踏み出したのだった――。





 ――なんて意気込んでおかないと、覚悟も完了しないまま着いちゃうんですよね、カイルの部屋に。


 部屋割りとしては一番遠い所に位置するとはいえ所詮は神殿の居住区画。徒歩十秒で誰の部屋にだって辿り着けちゃう利便性に優れた構造だ。


 部屋の扉だって屋敷の立派な物とは全然違う。

 片開きで防音対策すらろくに施されていない、使用人の部屋と変わらない簡素な扉だ。


 ……そんな何の変哲もない扉を前にして、私は僅かに緊張していた。


「……さて」


 ここからだ。ここからが本番だ。


 表情は作ったか? 意識の構築は完璧か?

 動揺してるカイル相手なら無用の心配かもしれないが、カイルは私の仮面を見抜ける数少ない人間。無理に表情を作ろうとはせずに素知らぬ顔をし続けるのが最良だ。


 私は何も知らない。ましてや期待なんて欠片もしてない。


 私は単なる神殿暮らしの同居人。神殿で迎える朝という希少なシチュエーションにテンションが上がり、「そうだ! 折角だし寝起きのカイルを弄って遊んでこよう〜♪」と可愛いイタズラを思いついただけの愛らしく無邪気な幼馴染み。悪事の企みなんかシテナイヨー?


 よし、今だ、いけ。余分な思考がにやけヅラを誘発する前に、さあ早く。


 カイルの部屋の扉に手をかけて。無邪気に元気に、明るく笑顔で、さあ――!!


「おっはよーカイルよく眠れた? カイルがどんな顔で寝てるのか覗きに来た……よ…………?」


 バァン! と勢いよく扉を開けてご挨拶。


 決定的瞬間を見られて慌てふためくカイルの姿を想像していた私は、こちらを振り返って無言で立ち尽くすカイルの……肌色一色の下半身を目にして……目に……目に、して…………?


 …………めにぉぅにゅわぁ〜〜〜〜〜?!?


「ぁ、か、か、か、カイル、なんで脱いで……? ……ひっ――」


「ふっ!」


「んむぅっ!?」


 目にも止まらぬ速さで飛び込んできたカイルが私の口を一瞬で塞いだ。頭の横で響いた扉の閉まる音が、何処か遠い世界での出来事のように感じられる。


 呆然としていた僅かな時間で、私はカイルによって力ずくで無理やり壁に押さえつけられていたのだった。


 ……えっ、なに? 私いま、もしかして襲われてる……?


 混乱する頭が無法の思索を繰り返す。

 あらゆる思考、あらゆる現実が、現状を危機的状況であると認識するのにそれほど時間はかからなかった。


「〜〜〜〜〜ッッ!!」


「あっ、ちょっこら、落ち着け! 落ち着けって、何もしないから!! ただ叫ぶのだけ、ぐっ! ……さ、叫ぶのだけ遠慮してくれたら、すぐにでも離すから……な? り、理解したか……?」


 ぎゃーやめろバカくず変質者ー!! てめーに食われるくらいなら唯ちゃんに純血捧げるわー!! と支離滅裂な思考のまま暴れ回っていたら、不意に膝が柔らかなものをぶち抜いた感触で我に返った。


 ……え、嘘、今のって……今のってお腹だよね!? まさか、あ、アレじゃ……カイルの「ぱおーん!」さんを撃墜したわけじゃないよね!?


 顔面がぽっかぽかする。カイルの顔がすぐ近くにある。


 何だかよく分からないけど「叫ぶな。大声を出さないと約束してくれたらすぐにでも離す。いいか? 叫ぶなよ? フリじゃないぞ? 絶対の絶対に叫ぶんじゃないぞ?」と余裕のない顔で繰り返すカイルの顔を見てたら少しだけ気分が落ち着いてきた。いつの間にか拘束されてた両腕から力を抜いた。

 それからカイルの目を見て、確りと、自分の意思で頷いた。


 口を塞いでいたカイルの手がゆっくりと離れていく。

 だがしかし、見つめあったままの顔は一寸も離れていく様子がみられない。


 ……けど、まあ。これでようやくまともに息ができるか。


 そう思った私が勢いよく息を吸うと、またすぐさま口が塞がれた。後頭部が壁にぶつかる、ゴン、という音が鳴り響く。カイルが鼻息も荒く睨んでいた。


「お前今の状況分かってんの? 冗談じゃないぞ? こんなとこ他の奴らに見られたらお前だって困るだろ? ふざけんのも大概にしろこのバカ……!」


 ……はあ? ただ呼吸しようとしただけなんですけど?


 理不尽な罵倒の返礼として足指を使ってふくらはぎを抓ってやったら、「いてっ」と悲鳴をあげたカイルが僅かに距離を離した。

 ……って不用意に距離を離すなアレが見えちゃう!!



 ……想定とは大分違う結果になったけど、結果的には想定以上の弱みが手に入ったよ!


なおソフィアが打ち抜いたのはカイルの太腿です。

カイルとソフィアの身長差で膝蹴りがお腹に届くわけないじゃないですか……。(失笑)

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