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ミュラー視点:交わらない矢印


 神殿での初めての夜。ソフィア達に言いくるめられていつの間にか始まっていた勉強会という苦難の時を乗り切った私は、自室に割り当てられた部屋で待っていた。密かに約束を交わした待ち人たちが訪れるのを、瞑想をしながら、無心のままに。


 やがて静かな音が鳴り、扉が僅かに開かれる。


 丁度人ひとりが通れる程度まで開いた扉からぬるりと滑り込んできたのは約束の相手。つい先程まで一緒にいたカレンとカイルの二人だった。


「二人とも、気付かれなかったでしょうね?」


「うん。大丈夫だと思う……」


「ソフィアはこの時間ならいつも寝てる。心配はいらないと思うぞ」


 ……改めて思うけれど、カイルは何故そんなことまで知っているのかしら。もしかして二人は本当に……?


 いえ、まさかね。だとしたらカイルはこの場には来なかったはずだわ。


 家族の監視から逃れてひとつ屋根の下という状況はあまりにもお誂え向き。二人が隠れた恋人同士なのだとしたら、この機会を利用しない手はないものね。


 単にカイルが朴念仁だというこのあんまりにもあんまりか推測は、おそらく、悲しいことに当たっているのでしょうね。だって当のカイルがまるで恥ずかしがっていないんだもの。


 異性の就寝時間を知っているということが、普通はどういった意味を持つのか。

 そこの理解が欠けているというのは……吹聴される方にしてみれば、とんでもない大迷惑よね。


 ソフィアが時に理不尽にも思える怒りをカイルにぶつけていたのは、単に甘えていただけかと思っていたのだけれど。これはカイルの方にも問題があるのかもしれないわね……。


 教室中に流れる二人の噂。実際に間近で目にする二人の関係。


 誰が苦労をして、誰が得をしているのか。

 そしてそんな二人のことを外から眺めることしかできない人がいるとしたら、どのように感じるのか。


 大まかな絵図が見えた私は、これ見よがしに頭を押さえ、そっと小さく溜め息を吐いた。


「……そういうことを簡単に口にしてしまうから、貴方達は関係を邪推されるのよ」


「邪推? 俺とソフィアが幼馴染みなのはみんな知ってることだろ?」


「そういうことではなくて……」


 ああ、もう……。なんでこれだけ言っても分からないのかしら? 同じ幼馴染みでも、カイルは私の就寝時間なんて知らないでしょうに!


 ……いえ、違うわね。そんなことを言いたいわけじゃない。そもそも私達は、こんな話をするために集まったわけではないのだから。


 私はカレンを私の隣に、カイルには椅子へと座るように促すと、ソフィアに秘密で集まったこの会合の目的を口にした。


「まあいいわ。それよりも建設的な話をしましょう。……ロランド様に頼まれた件、覚えているわね?」


「うん」


「そりゃ覚えてはいるけど……」


 そう、私達が神殿での生活をしているのには理由がある。


 メルクリス家に二柱目の女神様が現れたというのも、もちろん大きな理由ではあるのだけれど。でも恐らく、ロランド様が真に重要視しているのは別の理由。


 その理由とは、つまり、一言でいえば――


「――ソフィアに心の安寧を取り戻すこと。あるいは、心を乱す切っ掛けとなった出来事を探ること。これが私達に課せられた任務よ」


 ――ソフィアには心安らかに過ごして欲しいと願う、彼の人の兄としての優しさなのだ。


 ともすれば公私混同とも取られかれないこの任務。けれど、あの人を見ていれば自然と分かる。分かってしまう。


 むしろ公の立場こそが後から付随してきたもので、彼の目的は最初から全くブレてはいない。そのことを嫌でも理解させられるのだ。


 執念じみた庇護、献身。過剰にも思える重厚な愛情。


 己の身すら顧みない献身的な助力は、それらがいつ限界を迎えてもおかしくないように見える。


 何故、彼が倒れそうになってまでソフィアの為に尽くすのか。その理由を私は知らない。


 ただ私に分かることは、彼が傷付く様を見たくないと願うのなら、彼の希望に寄り添い、ソフィアを助ける力となることこそが、巡り巡って彼を救う方策なのだということだけだ。


 だから私は、なんとしてもソフィアの力になりたい。けれどその為の方法が分からない。


 困り果てていた私の耳に、戸惑ったようなカレンの声が届いた。


「ロランド様の言うことだから、きっと、正しいんだと思う。けど……ソフィア、いつもどおりだったよね……?」


 そう。そこなのだ。それが今回集まってもらった理由に他ならない。


 私達はソフィアと仲が良いという自覚はあるが、ソフィアは恐らく、私達にすら本心は晒していない。そしてきっと、彼女が一番信頼しているだろうロランド様にさえも、その本心を隠し続けているのだろう。


 そこは一応、理解はしている。何故そうしているのかは分からないが。


 ともかく、彼女は本心を隠すのが異常に上手いのだ。


 そして私達の知る限り、その本心に一番近付けるのが――


「いや、確かに最近おかしかったな。切っ掛けねぇ。まあ多分あの唯ちゃんって子が関係してるんだろうけど……うーん」


 ――やっぱりカイルには、ソフィアの変化が分かるみたいね。


 本当に、呆れる他ない。いつも喧嘩ばかりしている二人なのに、こんなにも理解し合えているなんて、と。ともすれば羨ましささえ感じてしまいそうだ。


 カレンと目を合わせれば、どちらからともなく、自然と苦笑が零れた。カイルが不思議そうな顔で私たちを見ていた。


「ソフィアのことはカイルに任せていれば大丈夫そうね」


「うん、安心」


「え、嘘だろ? 俺一人でやんの……?」


 ふふ、嫌そうな顔。


 でもきっと、あの人もこうなることを期待していたんでしょうね……。


ロランド→ソフィア←カイル。


ソフィアちゃん大人気の模様。

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