弄ばれる肢体
身体強化魔法というのは、字面から察することができるように、身体能力を強化する魔法である。
元の身体能力が高ければ高いほど魔法行使後の身体能力も高くなる。足し算というよりは掛け算の魔法なのである。
喩えるなら……んー、そうねー。割り箸と丸太があるとするじゃない?
強化魔法を掛けて「両方硬さを倍にしました!」ってなったとしても、割り箸は所詮割り箸でしょ。倍くらいの強度じゃまだまだ簡単に折れちゃうよね。
そんな感じで、《身体強化》の魔法があるとは言っても基礎能力は大事なの。
要は筋肉は大切だってことだね。あんまり認めたくないことだけど。
筋肉×魔法=強さ。
分かりやすく言えば、これがこの世界の強者に共通する方程式である。
「つまりどういうことよ?」
「だから筋力と魔法精度――ミュラーたちの言うところの《加護》の順応度の積によって最大出力は決まるの。だからあふっ。……だから、ミュラーが今以上の速さを求めるなら、筋力を増すか、《加護》の力をより引き出すかのどちらかの方法を取る必要があはんっ! ……どっちかの方法を取ればいいんじゃないかなっ!?」
カレンちゃんんッ!! 話聞くなら洗うの一旦中断してっ!?
思い出したように動かれるととてもとてもくすぐったいので!!!
っていうか気温も体温も調節できる私だからまだ平気けど、これ私じゃなかったらそろそろ寒さで震えてる頃だよ。君らは裸のままでよく寒くないよね。
剣を日常的に振ってる人達は寒さに強いとかあるのかな?
少なくとも私は、寒いとか寒くないとか関係なく、そろそろ湯船に浸かりたいと思っているのだけどね。
「カレン、そろそろ洗い終わってもいいんじゃない?」
私が振り返ってそう提案すると、カレンちゃんは見るからにしょんぼりと消沈してしまった。
「そ、そうだね……。洗うのヘタで、ごめんね……」
「初めから上手い人なんていないよ〜」
まあこれ程下手な人もそうそういないとは思うけど。という言葉は心の内に秘めておく。
確かにカレンちゃんの他人の身体を洗うスキルは壊滅的なレベルで下手くそだったけど、その可能性を一切考えもしなかった私の側にも責任はある。
それにさ。無意識で身体が警戒しちゃうくらいにくすぐったいことはくすぐったいのだけど、それも含めて楽しくはあるしね。欲を言えば私がミュラーを洗う前にこうなることが分かっていれば、私も事故を装ってミュラーのことをくすぐりまくれたのになーと思ったくらいである。
てゆーか他人の身体を上手く洗えたからってどうということも無いしね。
逆に下手くそで良かったとも思う。
もしもカレンちゃんが他人の身体を洗うことに慣れていたりしたら……ねぇ? なんか、ほら。変な想像とかしちゃうじゃない?
「カレンはそのままでいいんだよ。どうしても気になるのなら、ここにいる間に慣れれば、っはん!」
カレンちゃんを気遣おうとしたところをまたミュラーに襲撃された。この子ら私の言葉遮って遊んでないか?
「ねぇソフィア。……積って、なに?」
「……掛け算の答え」
私のお腹を突つくのはそんなに楽しいですかミュラーさん?
……いや、まあね。私だってそりゃ、真横に無防備なお腹が晒されてたら突っつきたくはなるかもだけど……。
そう思って改めて観察すれば、今現在「掛け算の答え……?」と呟いているミュラーの脇腹は無警戒に晒されているように見えなくもない。が、私はさっきミュラーの身体を洗った時に理解している。ミュラーはあんまりくすぐったがらない体質だと。
となれば……リスクとリターンが釣り合わない。反撃を食らった時のリスクが大きすぎる。
私は平和を愛する一般ピーポー。
故に、不要な争いなど挑まないのだ。
「お湯、掛けるね?」
「んー」
とかやってる間にやっとカレンちゃんから開放される時が来たらしい。湯殿から汲まれたお湯が身体にくっついた泡を洗い流してゆく。
んあぁ〜……。気持ちいい〜♪
魔法のお陰で身体は常に清潔にしてるから、実際はお風呂なんて入る必要は無いんだけど。やっぱり気持ち良いんだよね〜。
ふはあと気の抜けた吐息を漏らしていると、また隣に座るミュラーから今度は太腿を突っつかれた。……が、今のは見えていたので我慢ができた。
ふふん、そう何度も油断してると思うなよ? 私だって心の準備さえできていれば、声を我慢するくらい訳ないんだからね。えっへん。
勝ち誇る私とは裏腹に、ミュラーは至って普通に質問してきた。
「ねぇ。つまりソフィアは、私よりもその魔法精度が高いということなの? 私もそれは鍛えれられるものなの?」
「ん〜、そうだね〜。ミュラーも鍛えれば強くなれるよ〜」
まあ《身体強化》を《加護》だと思ってる限りは飛躍的な成長は難しいとは思うけど。使っていれば習熟するから、徐々に強くはなれるだろうね。
てゆーかミュラーは今でも充分鬼つよなのに今以上に強くなってどうするつもりなのだろうか。
魔王か? 魔王になって世界征服でもするのかな?
そしたらネムちゃん魔王との一騎打ちが将来的には実現するかもしれないね。魔法最強vs剣術最強同級生によるドリームマッチの開幕だ。
――なんて妄想をしながら油断してたのが良くなかった。
「真面目に聞きなさいよ」
「んにゃぴいっ!!」
わ、脇腹を掴むな! 脇腹をっ!?
ビックリしすぎて思わず変な声が出ちゃったじゃないかっ!!
全く、油断も隙もありゃしない。
ミュラーの身体能力でくすぐる隙を狙われたら逃れるのは困難を極めるんだからね? そこんとこ自覚してよねっ!
「(ソフィアって、なんだか……)」
「(なるほど。ソフィアがカイルをよく弄ってるのはこういう感覚なのかしらね)」
カレンとミュラーは、ソフィアを弄ぶ楽しさを知った!




