昇天!
――最っ高のおやつタイムでした。
やはり色々な種類のお菓子を同時に楽しめるというのは良いよね、実に良い。
しかもしかも、フィオナさんに相談した結果、明日以降もお菓子を定期的に神殿まで届けてくれる事になったのだから堪らない。当日まで何を持ってくるのかが秘密という点も乙女のワクワク心を熟知している匠の技という感じがするし、ハズレ商品が無いからこそ可能な実績に裏打ちされた強気の姿勢が心地好くすら感じられる。
カイル達が求めてたベッド類については在庫が無いためまた後日という話になったけれど、私としては、神殿にいる間はお菓子が安定供給されるという予定になかったその一事のみで全てが許せる心境である。
ちなみに今日の夕食後のデザートはフルーツタルトに決定した。わざわざ作って後で届けてくれるらしい。
本当は私たちの為だけに用意された大量のお菓子の食べ残しを全て買い取ろうと思っていたのだけれど、その申し出をした途端に給仕の子の態度が少しおかしくなったのでこっそり《読心》の魔法など掛けてみたら、一般従業員の悲しいおやつ事情がよくよく理解出来たので思わず同情してしまったという事情がある。フィオナさんとしても善意で出した物を買わせるのには抵抗があったみたいだしね。
なのでその従業員さんの好物らしいフルーツタルトを購入品目に加え「素晴らしい時間を提供してくださった皆さんへのお礼の品」としてホールで三個程注文したところ、従業員さん達の感謝が爆発。「嗚呼、聖女様のお慈悲に感謝します!!」とか言ってなんかめちゃくちゃ感謝された。
普段どんだけ虐げられてるのかとか思ったんだけど、なんかね。私が《読心》で視たフルーツタルトってのが実は一般人には手が出せない高級品だったらしくてね。裕福な貴族の人達が祝い事の際に買ってくような品だったんだってさ。
そんな憧れの象徴とも言えるようなフルーツタルトを見て「ああ……私もいつか食べてみたいな……」と味の妄想をしてた子を私が偶々魔法の対象に選んだせいで、実際には一度も口にした事の無い物を「この子の好物である」と誤認してしまったらしい。読心魔法の思わぬ欠点が判明した瞬間だった。
でね。そんなこと言われたら気になるじゃん。その高級フルーツタルトの味って実際にはどんなものなのかなぁって。
まあ買うよね。買うって言うか注文しただけなんだけど。
アネット商会ってカフェ部門もあってお菓子専門の職人さんもいるんだってさうふふふふ。
――というような事があったのだと面白おかしくお話しながら、私はお兄様とチョコレートを摘んでいたのでしたとさ。まる。
「そっか。楽しかったみたいだね」
「はい! とても楽しかったです!」
お菓子は美味しかったし、良い買い物もできた。明日からの楽しみも増えた。良い事づくめである。
お菓子を大量に買う契約を取り付けてきたからって叱りつけてくるお母様もいない。そのうえ今はこうしてお兄様とまったりした時間を過ごせてもいる。
神殿生活、思ったよりも快適かもしれない。
「お兄様はどうですか? 神殿での生活は上手く続けられそうですか?」
「そうだね……」
何かの書類にサインを書き付け、処理済みの山へと移したお兄様が一息ついた。
机との間に空いた隙間に挟まってごろにゃんと甘えてしまいたい気持ちはあるけれど、朝からずっと忙しそうだったお兄様の邪魔にはなりたくない。でもとても疲れてそうだから癒してあげたい。どう癒す? くっつく? くっつくべき? でもさっきお菓子めっちゃ食べてきたから重いとか思われたら普通に死ぬる。
サッと一秒足らずの時間で最善の行動を導き出した私は、お皿に乗ったチョコレートをひとつ手に取った。
「お兄様は頑張っていらっしゃいます。私が何の心配もなくこうして楽しく過ごせているのも、全てはお兄様のお陰なのだと思います。でも、だからこそ……私はお兄様にも、楽しい時を過ごして欲しいと願ってやまないのです」
はい、あーん、とチョコレートを突き出しながら、私は自分の想いを述べる。
私の幸せにはお兄様の幸せが必須条件。
その気持ちが余すことなく伝わるようにと願いを込めて。
「お兄様もキチンとこの生活を楽しんでくれないとイヤですからね?」
「……ああ、そうだね。そうさせてもらうよ」
そう言って、私の手から直接チョコレートを食べたお兄様は。
「ふふ、甘いな……。ソフィアに食べさせてもらうと尚更甘く感じられる気がするよ」
などと言って、イタズラっぽく私に微笑んだ。
殺す気かな? お兄様は私を萌え殺す気かなのかな?
お兄様の笑顔を見ながら逝けるならむしろ本望だけども、鼻血を吹き出しながら死ぬような無様は晒せない。つまり私は生きねばならない。
興奮のあまり破裂しそうな程に脈打つ心臓を落ち着かせながら、私もお兄様に微笑み返す。
「そうなのですか? それではとても残念ですが、私がお兄様に食べさせて差し上げるのは控えた方が良いのかもしれませんね」
お兄様は私と違って、甘さ控えめなのが好みだからね。
もはや自分が何を話しているのか、理解せぬままに会話を続ける私の唇に、不意にチョコレートが押し付けられた。
「そうかい? それなら僕からのお返しは、この一回が最後になってしまうのかな?」
唇に押し付けられたチョコレート。楽しげなお兄様の瞳。ドックンドックンとやかましい心臓。
夢のように甘い世界で――私は自分の精神が限界を迎える音を聞いた。
「――ふにゃ」
――溢れたのはヨダレ? 欲望?
――いいえ、これはきっとお兄様からの愛が溢れてしまったのです。
そんなアホな思考を最後に、私の意識はぷっつりと切れた。
ロランドの楽しみは妹の反応を眺めること。
……なのだが、この妹は取り扱いがかなり難しく、どんな妄想をしているのか加減を間違えるとすぐに気絶してしまうのだ。
だがロランドは、ソフィアのそんな反応も含めて楽しんでいる様子。
妹が妹なら兄も兄だった。




