表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1038/1407

もはやお菓子屋さんにしか見えない


「ソフィアさんって有名人なのですか?」


「んー……。唯ちゃんに分かりやすく言うと『県大会優勝者としてテレビに出た』くらいの知名度かなぁ。知ってる人には有名、みたいな?」


 もむもむとケーキを頬張りながら唯ちゃんの疑問に答える私。


 この部屋では今、唐突なおやつタイムが開催されていた。あらゆるチョコレートと名のつくお菓子を集めたフェスティバルだ。


「あら、これってもしかして新作じゃない? 今までに見たことがないんだけど」


「お目が高い。そちらは冬季に発売を予定している新作で『星の煌めき』という商品になります。夜空に浮かぶ星々を閉じ込めたような見た目に留まらず、断面の美しさにも拘った一品となっております」


「へー、綺麗なものね」


「失礼、少し良いかしら? こちらのコーヒーは『あめりかん』と言うものを頼んだと思うのだけど、これはセリティス家に届けられているものとは味が違うような気がするのよ。『あめりかん』というのは何種類もあるの?」


「はい、お嬢様。その答えは『はい』でもあり『いいえ』でもあります。当商店で取り扱っているコーヒーで『あめりかん』と言えば『コーヒー・あめりかん味』という商品であると思いますが、こちらは浅煎りで焙煎したコーヒー豆の総称で『あめりかん』というコーヒー豆があるわけではないのです。また淹れ方によっても味は変わりますし、水が違えばまるで別物のようにも感じられることと思います。もしも今回の味をご自宅でも再現したいとお望みであれば、当店で販売している『ヘンケトーネの湧き水』という商品の水だけを使い『コーヒー・あめりかん味』の初回購入時に特典としてお付けした小冊子『コーヒーのある生活』第四項、『いつもと違う味を試してみたい時は』を参考にしてコーヒーを淹れてみてください。きっと今回と同じ味を再現できる事と思いますよ」


「へえ、そうなの……。ありがとう、試してみるわ」


 もむもむもむもむごっくんこ。


 美味しいケーキを味わいつつも次なる獲物(お菓子)を物色しようとしているものの、私としたことが目の前のお菓子よりも人に目を奪われるとは如何なることか。


 新作に目をつけたお姉様やコーヒーの味に言及したミュラーの言葉に躊躇うことなく答えて見せたフィオナさんだけど、この人ちょっと有能すぎやしませんかねぇ。


 特にミュラーの方。アメリカンコーヒーの再現方法のやつ。

 アネット商会でのコーヒーの取り扱いは既に十種類近くあったと記憶しているのだけど、小冊子って確か種類別に個別だったよね。あの中身をページ数まで含めて全て覚えてるとな? だとしたら私並みの記憶力だよそれ。


 スーパー記憶力の頼れる人材。しかも気遣いレベルも相当高そう。


 いいなー、アネットいいなー。私も部下にこれくらい有能な人材が欲しいなーと羨みつつ、何気なく周囲を見回していたら、偶々カレンちゃんがクッキーを咥える瞬間に目が合ってしまった。


 少し驚いたようにまぶたを開き、そっとクッキーに両手を添えるカレンちゃん。そしてこちらを上目遣いで見つめたまま、もそもそとクッキーをかじってはにかんだ。


「……え、えへへ。美味しい、ね?」


「うん、そうだね」


 ――この破壊力よ。この上目遣いの破壊力よ!!!


 有能? 無能? それがどうした。常日頃から視界に入る部下という存在に最も必要な能力はその優れた容貌から溢れ出る癒し力でしょう!!?


 かわいいは正義。かわいいは最強。


 そんな簡単なことすら忘れてしまっていたなんて……私は自分が恥ずかしいッ!!


 私の神殿騎士団にはカレンちゃんがいる。

 クールロリのリンゼちゃんもいれば崇めるべき位置には素直で可愛い唯ちゃんだっている。お兄様とお姉様だって私の味方だ。


 カイルは性格はアレでも見た目はそこそこ整っていて、何より気晴らしには丁度いいおもちゃになるし、ミュラーは……まあその……放っておいても魔物退治とか勝手にやってくれそうだし……?


 つまり私の神殿騎士団は見た目特化集団ってことだね。

 能力としてはだいぶ、いやかなり武力方向に偏ってそうではあるけど、お兄様一人で頭脳担当は足りちゃってるからね。お姉様という外交担当も備えた我々はもはや無敵の布陣と言えるだろう。


 あーでもこれだけの大所帯となると、やっぱりリンゼちゃん一人ではメイドの数が足りないかな。大人の人でもう一人、欲を言えば料理の得意な人材が欲しいところ。


 ……シャルマさんか。シャルマさんだな。その要件に合致する女性はシャルマさんしかいるまい。毎日私のお菓子を作って欲しい。


 お菓子って食べると無くなっちゃうからなー。

 アイテムボックスが無限にお菓子の湧く夢のような仕様だったらどれほど良かったか……って。


 ――そんな夢想を叶えたような光景が、今、私の目の前に広がっていることに気がついた。



 ……………………アリ、か? 私のアイテムボックス用お菓子係としてアネット商会を使うのはありだろうか。


 費用。手間。軽減される調理時間。満足度。


 諸々を数値化して脳内の算盤を弾く。

 結果として、私の頭脳はアネット商会を「有用」だと判断した。


「フィオナさん。少し相談があるのですが――」


 現在神殿には調理師がいない。


 それはつまり、欲しいお菓子は自分で作らなければならないという事だが――それは別に、買ったって構わないのだ。私の満足出来るお菓子が売っていればの話だが。


 そしてここには、私を満足させるお菓子を売ってる人がいる。それも恐らく、日本の製菓知識を習得した人材を擁する唯一の商店の代表者として。


 ……一考の余地くらいはあるんじゃないかな?


この部屋に運ばれたお菓子のうち、食べられずに余った物は当然、売り物にはならない。後に従業員に下げ渡されることになる。

……お菓子を運んできた少女達が「お願い、あのケーキ残して!!」「チョコレート食べたいチョコレート食べたいチョコレート食べたい……」と飢えた心の内を晒さずにいられたのは、ひとえにアネット商会の教育の賜物である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ