再調教が確定しました
現在この神殿に使用人は一人しかいない。
明日にはもう一人来るらしいのだが、とにかく現状では、リンゼちゃんを除いて他に使用人と呼べる人材が存在しないのである。
なので必然的に、用事はリンゼちゃんに言いつけることになっていたのだが――
――私にとっては当たり前のその行動が、どうやらミュラーの琴線に触れてしまったらしい。
リンゼちゃんにおやつ用のチョコレートの調達を頼んだところに、ミュラーのストップがかかったのだ。
「ちょっとソフィア。その子に全部やらせる気? 小さい子相手に可哀想でしょう」
――物理的に小さい子相手に暴力を振るうよりかはよっぽど人道的な扱いだと思いますけど?
そう言いたくなるのをぐっと堪え、「そうだよね。いじめは加害者の意識じゃなくて、被害者側の意識の問題だよね」と心を落ち着かせた私は、念の為にリンゼちゃんに確認してみた。
「チョコレート買ってくるの、嫌だったりした? もちろん私達の分だけじゃなくて、リンゼちゃんや他の人達の分も買ってきてもらおうとは思ってたけど……」
私はリンゼちゃんを虐げている訳では無い。むしろ可愛がり、甘やかしているつもりでいるのだ。
「八人分のお昼を用意するのは大変だろうなー」と思ったからみんなで楽しく作って楽しく食べられるピザを昼食に提案したし、本来なら私が面倒を見なければならない唯ちゃんのことを任せているのだって、私からの純粋な好意。
唯ちゃんと同じように特殊な事情を抱えた子供であるリンゼちゃんに、対等に話せるお友達を用意してあげたいと願ってのことだ。
……そんな慈愛精神に溢れる私が、ミュラーにはリンゼちゃんを虐めているように見えていると?
はー、全く笑っちゃうよねー! ミュラーは剣士の癖に人を見る目が全くないよね!!
そんなんだから「真実の愛」とか語ってたくせに一年以上もその相手がクラス内にいることにすら気付かなかった口だけ男にコロコロッと騙されちゃうんですよ! ミュラーはもっと人を見る目を鍛えた方が良いと思うよ!
そんなことを思いつつ、やけに長い黙考に入ったリンゼちゃんの返答を待っていると。思考の海から不意に浮上してきた瞳とパッチリ視線が合ってしまった。
……んー、相変わらずリンゼちゃんの瞳って清らかで真っ直ぐで、揺らぎってものが全くないよね。まるで機械で出来てるみたい。
まあリンゼちゃんみたいに可愛くて可憐な機械が売ってたら私がどんな手を使ってでも買い占めるから、むしろウェルカムって感じだけどね。
「チョコレートを買いに行くくらい、何も問題は無いのだけれど。ただ他の人達は自分のことを自分でしっかりとしているのにソフィアだけが私を頼っていることについては、少し思うところがないわけではないわね」
「んぐむ」
……あ、相変わらず容赦ないね。
でもまあそんな容赦のないところも、リンゼちゃんの素敵な魅力のひとつなんだけどね!
――ただ、それはそれとして。私には一つだけ、どーしても許せないことがあった。
リンゼちゃんの発言を機に発生した、デリカシー欠落男による大爆笑である。
「ぶはっ。はは、ははははっ! あっはっはっは!!」
……おいぃ、カイルさんや? せめてもう少し控えめに笑ってもらえませんか?
有り体に言ってめちゃくちゃムカつく。
ミュラーとか見習いなさいよ。
ミュラーも聞いた瞬間は「んふっ」って笑い声漏らしてたけど、今はちゃんとぴくぴく震えるくらいで我慢してるでしょ。バカみたいな笑い声なんか出してないでしょ。
それが気遣いってもんなのよ。分かるかなぁカイルくん?
……そろそろその不快な声を引っ込めないと、物理で無理やり黙らせちゃうゾ☆
「そ、ソフィア、良かったじゃないか。その子はお前のこと子供扱いしてないみたいだぞ。……くくっ、あはははっ、あーダメだ腹痛い! ははっ、ハハハハ!!」
――決めた。やっぱりコイツは、一度きちんと調教し直さなければダメだ。
昔から私に反抗してくることはあったけど、それにはきちんと限度があった。私の顔色を窺いながら歯向かうような可愛らしさがあった。
それが今はどうだ。私をバカにすることを全身全霊で楽しんでるじゃないか。遠慮なんてどこにもあったもんじゃない。
――なら私だって、遠慮なんてする必要、ないよね?
スゥっと冷えた頭で考える。
中庭……はダメだな。地下室とかあればいいんだけど、最悪部屋でも遮音と隠蔽、幻惑魔法とかの併せ技でなんとか……。
カイルを無事に監禁したら、責めるべきは精神だ。
拘束して無力感を堪能してもらうのは確定として、条件付けで私に従うようにするか。あるいは反抗心はそのままにして、私に睨まれたらおしっこ漏らしちゃうように躾けるのも面白いかもしれないね。
どんなお仕置をするのが最も私の溜飲が下がるか。
人目もはばからず笑い転げるカイルを眺めながら考えていると。
「あ、あの、ソフィア……?」
「なぁに、カレン?」
「ひっ」
ひっ、てなんだ、ひっ、て。まるで化け物でも見たような顔して。
振り向いただけで悲鳴をあげられるのは流石に悲しい。
カレンちゃんを怖がらせるのも本意では無いので、とりあえずカイル矯正計画の立案は一旦保留することにした。
「それで、どうしたの? 何か用事?」
「え、えっと。あのね……?」
もじもじカレンちゃんを見ているだけで癒される。
やっぱり美人さんは世界の宝ですよね。
「チョコレート、みんなで買いに行かないのかな、って、思って……」
……ああ、チョコレート。そういえばそんな話もしてましたね。
女の子になら笑われたって許せるのに、カイルに笑われると我慢が効かない。
……それはソフィアがカイルのことを特別に思っている証なのかもしれません。
まあ飼い犬程度の特別感かもしれませんけどね。




