商会長の義妹という最強カード
我が家の嫁であるアネットは、食品、衛生、生活雑貨に娯楽品等々、ジャンルを問わず次々と革新的な商品を生み出し続けることで一躍有名人の仲間入りをした、現在最もホットな商会長様だ。
会長自らが考案している独創的かつ魅力溢れる新商品の数々は、世間の耳目を掴んで離さない。
未だ発足から一年余りしか経っていない商会としては異例ながら、商会の名は日を追う毎にに爆発的な速度で広まっていき、いまや「新進気鋭といえばアネット商会」と誰もが認めるほどの有名商会へと成り上がっていた。
――何処の後ろ盾もない無名の商会が、たったの一年で知らぬ者のいない大商会へと成長した。
その劇的な成功譚は人々をこれでもかと魅了した。
話題が話題を呼び、商品の魅力も相まって、アネット商会の名は瞬く間に広まっていった。
……だがそんな中にあって、世間の人々とは少し違う目線でアネット商会の成功を羨望する者たちがいた。――落ち目になっている商会に所属する従業員達である。
彼らは驚きと共にその商会の名前を耳にして、そして……やがて望むようになった。
商会を発足後、たった一年でその名を世間に知らしめたアネット商会の、その叡智を。商会長の神懸かった手腕を。
――故に、彼らは行動を起こしたのだ。
名前だけは伝わっているが、誰もその姿を見たことがないという謎に包まれたアネット商会の商会長、アネット。
歴史に残る大成功を収めたかの商人となんとか知己になりたい願い――商人としての伝手を使って、彼女の捜索を始めたのだ。
――そんなこんながあって、アネットは現在身代わりの偽商会長を表に立たせ、自分はひっそりと新商品の開発業務に専念しているらしい。
「よく家にいるよね」って言ったら「お店にはいない方がいいんです」って言いながら教えてくれた。残念ながら私の期待した不労所得者ではなかったらしい。残念極まる。
まあそんなわけで、現在アネット商会の扱う商品はどれもこれもが大人気なうえに大絶賛で大好評で、そんでもって当然の流れとして売り切れも大続出。入荷待ちなんてしちゃうと十年先まで埋まりそうな勢いなんで、予約は受け付けておりませんという超々需要過多状態。
売り切れている品を購入したいと望むのなら、毎日店頭に通い詰めて運良く入荷したタイミングとかち合うのを祈るか、若しくは唯一在庫を自由にできる権限を持っているという商会長に直接口を聞いてもらうかの二択しかない。
だが当然、他の購入希望者たちも考えることは同じなわけで。
結局のところ、誰もが薄い望みを抱いたまま、在庫が潤沢にある消耗品の類いを毎日ちみちみ買いに行くという結論に至るのである。
……この手法、初めて聞いた時には私耳を疑ったんだよね。
このやり方って購入者が自分の意思で買いに行っているとはいえ、あまりにもあくどいやり方だとは思いませんか。思いますよね。悪魔の発想ですよこんなもん!
普通の感性してたらさ。お店に入ったら何も買わずに出るのって気まずいよね。手頃な価格のお菓子とかあったら大して欲しくなくても「買っとくかー」ってなっちゃうよね。
本来であれば非購買層であったはずの人達を無理やりお客さんに仕立てあげちゃうだなんて、アネットって良識人のフリして実は相当な悪人なのではないかとうにゃらむにゃら。
ま、まあ目玉商品はわざと切らしてるんじゃなくて本当に品薄状態らしいし?
それならまあ、良くはないけど、悪いと断罪するほどでもないのかなーって気もしなくはないかもしれませんね。
……というか、その品薄に拍車をかけようとしてる私が口をだす問題ではないですよね。
はい、知ってます。アネットが本当に人々が心の底から求める良品を供給し続けているからこそ局所的にそーゆー不幸な人が生み出されちゃってるという、いわば不幸な事故だよね。わざとじゃないよね、うん、知ってた知ってた。
嫌なら買わなければいいだけだもんね。
気まずさを解消する為だけに買うってことは、それだけの余裕がある人なのでしょう。やはり私が気にするような問題ではなかったな、うんうん。
沢山の人が入荷の時を今や遅しと待ち受けているのを知りながら、その商品を横からかっさらおうとしている罪悪感。それを「縁故も運のうちだよね」とキレイさっぱり洗い流した私は、未だに驚いたまま固まっている三人に改めてベッドの購入権についての話をもちかけた。
「私がお願いすれば、アネットなら多分融通してくれると思うよ。納入の時期は確約できないけど……いる?」
返事は直ぐに来た。びっくりするくらいの反応速度だった。
「いる」
「いる」
「欲しい、けど……あの、これ、結構高いって聞いた事あって……」
おお? そっかそうよね、そこ大事よね。カレンちゃん偉いね〜。
そうだよね。たとえ子供が交わしたものでも契約は契約。
あとになって「こんなに高い物だとは思わなかった!!」とか問題が起きても困るもんね。
まあアネットのとこの商品なら転売余裕だろうけど……あー、値段ねぇ。分かんないや。
「覚えてないけど、結構高かったと思うよ。確か普通のベッドの二十倍くらい」
「二十!?」
「二十倍!? たかがベッドで!?」
何なの君たち。さっきから仲良いね。
「まあ要らないなら無理にとは――」
「いやいる。頼む。買わせてくれ」
「私は……いえ、貰おうかしら。道場の修繕費に比べたら……」
「私は、お父さんに相談しないと……」
てか改めて考えると、なんで私は神殿に来てまで身内相手に商売の話してるんだろうね。ベッドなんか売れたって私のお金にはならないのにね。
まあカイルに恩を売れたと思えば、そんなに悪くないんだけどさ。
とりあえず後でアネットに連絡しとこっと。ベッドふたつお願いしまーすってね。
アネットは現在も普通に学院に通っているが、今までに誰もアネット=アネット商会の商会長という図式に気付いた人はいないらしい。
アネット(商会担当)曰く、「アネット(日常担当)は普段から頭脳労働は苦手という印象を持たれていますから。おそらく、世間が作り出した『敏腕商会長アネット』のイメージと重ならないのではないでしょうか」とのこと。
実家経由でほぼ正確な情報を得てやってきた商人相手でも二言三言言葉を交わした程度で「これは違うな……」と人違い認定されるというのだから、アネット(日常)はどれほどアホっぽく見えるというのか……。
二重人格は使い様によっては隠れ蓑にもなるようです。




