神殿初日の訪問者
――唯ちゃんが我が家に住み出してから数日が経ち、いよいよお引越しの日がやってきた。
そう、「みんなでドキドキ☆神殿に仮暮らし体験」の初日であります!! わ〜パチパチパチ!!
移動するメンバーは私、唯ちゃん、リンゼちゃんにお兄様とお姉様の計五名。そこに神殿騎士団メンバーからカイルとミュラー、カレンちゃんを加えた計八名でのお泊まり会となります。いやー、胸が高鳴りますねぇ!
この日の為にね。私、短いけど映画とか作ってきたから。
大切な睡眠時間を削って専用の魔法を用意しちゃうくらいには今日という日を楽しみにしてたから。
遊具やお菓子の準備も万端整えてあるし、今日はめいっぱい楽しんじゃうぞう!!
――そう気楽に考えていた今朝の私を殴ってやりたい。
私たちにここに住むよう要求したの、お母様よ? 楽しいお泊まり会とか企画してくれるわけ無いじゃんね。
未だ荷物が未開封のまま散乱している奥の部屋とは違い、既に実用レベルにまで整えられていた応接室で、私は神殿騎士団の代表たる【聖女】としてお兄様と共にとある賓客を出迎えていた。
賓客の名はレイネシア。
この国で最も地位の高い女性で、その地位の名称は「王妃様」とかいうらしい。
お日様ってアダ名のそっくりさんとかだったら良かったのにね。
「お久しぶりね、聖女ちゃん。いつも見ても聖女ちゃんは可愛らしいわね〜」
「お褒めに預かり恐縮です。私には王妃様の気高い美しさこそが最も貴いものだと感じられますが、そんなお美しい王妃様に褒めて頂けたことは何にも勝る喜びです」
「あら……聖女ちゃんにそんなに畏まられたら私、悲しくなっちゃうわ。この感情もあなたの手のひらの内なのかしら、ロランドくん?」
「いえ、まさか。真実を前にすれば誰もが同じことしか口に出来ないのは仕方の無いことでしょう」
……え、なにその会話。まるでお兄様と王妃様が親しいみたいじゃん聞いてないぞ。
愕然とした思いで見つめていると、王妃様に茶目っ気たっぷりのウインクをされた。横からはお兄様の溜め息も聞こえる。
……あ、冗談? 冗談でしたか、ですよね良かった。
うーむ、相変わらずのタヌキっぷりですねこの人。何考えてるのか全然分からん。
ここに来た理由にしたって、まさかヒースクリフ王子が今回のお泊まり会からハブられてることに文句を言いに来た……という訳でも無いだろうし。かといって「前を通り掛かったら、なんだか賑やかだったから♪」という言い分をそのまま信じられるほど私は純粋無垢じゃない。ていうか王妃様がたまたま城下とか通りかからないでしょ。
……いや、絶対に無いかと問われれば、微妙なところではあるかもだけど。
神殿は立地的に街の中心にほど近い場所に建てられている。それはお城から街へと向かえば必然、道中には神殿が存在するということだ。
本当にたまたま城下に用事があって出掛けている最中、神殿に見知った顔を見掛けて挨拶をしに降りてくる……。
いやぁ、ないなぁ。よく知らないけど、王妃様ってそーゆーキャラじゃないでしょ多分。
私の中で王妃様は「笑顔で口数の増えたお母様」ってイメージ。
情報の大切さは知ってるけど、だからこそ時間の無駄は嫌うタイプじゃないかと思うんだよね。
……ん? もしかして、それか? 私は情報提供者として時間効率の良い相手として選ばれてしまったのか?
まぁね、お母様やお兄様を相手に情報を引き出そうとするよりも私を口車に乗せた方が遥かに楽チンそうなのは否定できないかもしれないけどね。
でもそのせいか、私ってば大事な話の時には呼ばれませんから! だから私からお母様やお兄様の情報を引き抜こうとしても無駄なんですよね、残念でしたぁ!!
……やめよう。この思考の方向性は私の心が耐えらんない。
王妃様が私から情報を引き出そうとしてるってのも全部私の妄想だし。っていうかそもそも、王妃様はお母様が寄越したんじゃないかと思うんだよね。
お母様も王妃様も、単品でさえ私の手には負えない相手。ならばここは、大人しくお兄様にお任せしよう、そうしよう。
私はソフィア。聖女ソフィア。
お兄様の横に座って愛嬌を振りまく、ただのお人形さんで御座いまするよ〜。
「そう? 私はむしろ、真実を前にした時にこそ人の本音は現れるものだと思うわ。ロランドくんもそう思うわよね?」
「誠に申し訳ありませんが、私には分かりかねます。しかしレイネシア様がそう仰られるのであれば、きっとそれが正しいのでしょう」
「あら、ロランドくんでも分からないの。そう……それは不思議ね?」
「浅学な身ですから。お恥ずかしい限りです」
うふふ、はははと笑い声が交わされる。
表面的にはとても和やかなのに、なんでだろうね。私さっきから、身体がゾワゾワして堪らないんだ。
……これ、私いなくてもよくないですか? むしろいない方がよくないですか? そう思っても言い出せない小心者な私。
ああ、早くこの時間が終わればいいのに……。
――そんな願いとは裏腹に。
私の悪寒は、結局、お茶を淹れに行ったリンゼちゃんが戻ってくるまで止まることは無かった。
……やっぱり私、王妃様のこと苦手だわ。
不穏な気配の漂う二人。
その頃、応接室の外側では、どこぞの姉がこっそり聞き耳を立てていました。




