笑って触れ合える未来の為に
唯ちゃんの魔力が漏れ漏れパラダイスなのは、唯ちゃんが自分の魔力を全く抑えようとしていないせいだ。それは先程、自力で魔力を押し止められたことが証明している。
つまり、唯ちゃんがその気になって練習さえすれば、魔力漏れは抑えられる。
お母様の考え自体は間違っていなかったということだ。
――なので、やり方を変えてみました。
私が唯ちゃんの魔力漏れ対策に施した障壁は、言わば身体の周り全面をビニールで覆ったようなもの。一点に負荷をかければ意外と簡単に穴が空く。
でもこの障壁は私の魔力と唯ちゃんの魔力の混合物でもあるので、上手く制御が出来れば唯ちゃんの意思で伸縮が可能。そうなればたとえまた一部が壊れることがあったって唯ちゃんの独力での修復が可能になるのだ。
「――だから唯ちゃんは、まずは身体の周りにある魔力を循環させる感覚に慣れることから始めるといいと思うよ。ある程度の魔力をまとめて動かせば外側が勝手に障壁に変化するように調整してあるから、外に向かって急激に魔力を動かさない限り、さっきみたいなことにはならないからね」
「……やってみる」
真剣な顔で頷く唯ちゃんに、私から役割を引き継いだお母様が魔力の動かし方をレクチャーしていく。
問題なく練習が続けられそうだと判断されれば私は役目はここで終了。無事に寝に戻るのが許されるというわけだ。
……てゆーかね。唯ちゃんに施した障壁、あれ一応壊れないこと前提に作ったんだけどね。綺麗に見事にぶち壊されてましたよねどうなってんだ。
原理的には絶対に壊せない、いや、壊れないはずの障壁。
魔力操作が出来ないはずの唯ちゃんが自力で魔力を抑え込めてたことから考えても、拡散を防ぐ仕組みはきちんと機能していたはず。それなのに唯ちゃんが右手から溢れさせてた魔力には、確かに障壁の展開が間に合ってはいなかった。
……あれはやっぱり、溜めたせいか? 元栓閉めずに無理やり密閉して、唯ちゃんの周囲に漏れ出た魔力が溜まったせいか? その圧力が高まってパァンと弾けた……的な?
いやでも、それ以上漏れ出る隙間が無かったら漏れる方が止まるよね普通。
水風船に水をジャージャー流し込むのとは訳が違うんだから、圧力という線は考えにくい……。ああいや、それでも障壁の強度に影響が出ることくらいは考えられるか……?
うーむ、分からん。分かんないけど、分かんないことは分かった。そして私の障壁が完璧でないことも分かった。
幸いリスクはちゃんと減らせていたようだけれど、唯ちゃんの魔力は元々のリスクが高すぎてちょっと危険度が減じたくらいじゃ大した違いがないというのが悲しいところ。
屋敷全域に無条件に拡散するはずの魔力が空気を媒介にしてしか拡散しなくなったとして、それはどれほどの違いがあるだろうか。
一応異常に気付いてから逃げるくらいの時間は稼げる……稼げたらいいなぁってくらいかなー。
まあなんにせよ、唯ちゃんが自分の魔力を制御できるのならそれに越したことはないんだ。ここはお母様の教師としての手腕に期待させてもらうとしよう。
……でも一応、もしもの時にも対処できるように、二人を見守る人員もいた方がいいんじゃないかなーとは思う。
もしも、万が一、不幸な事故でも起きて唯ちゃんの魔力が解放されるような事態になったら。お母様の魔力が、奪い尽くされるような事が起きたら……。
そんなことになったら、お母様よりもむしろ唯ちゃんが心配だよね。唯ちゃん、見るからに人を傷つけるの慣れてなさそうだからなー。
「――身体の熱を感じてください。意識を集中して、自分の内側に意識を向ける……。……温かくなっている場所がいくつかあると思いますが、分かりますか? それが魔力の集まっている部分になります」
「……魔力……」
真面目にお母様のレッスンを受けている唯ちゃんは、一番最初の段階で早くも苦戦しているようだ。
魔力を感じるのは初歩の初歩。これが出来なければ魔力操作など夢のまた夢。
だからお母様がそこから教えるのは何も間違っていない。
教え方も実に模範的で、非の打ち所が無いんだけど――。
……私が見た感じ、唯ちゃんの身体の中で魔力の薄い部分なんて存在しないんだよね。むしろ人型の魔石かってくらいに全身魔力で溢れてる感じ。
あれ、自分の魔力感知するとどうなるんだ……? ちゃんと反応するのかしら?
いや、感知するための魔力が渋滞を起こして、そもそも魔法が発動しないという可能性も否めない。いやいやそれ以前に、そもそもあの魔力って魔法の燃料として使えるのか……?
ああいかん。考えれば考える程に脳が思考を拒絶する。やっぱり眠いとまともに頭が働かないや。
「ん……くあぁ」
まあ、無理に働かせる必要も無いか。何回かやれば案外簡単にコツ掴めちゃったりするかもだしね。
魔力密度がおかしい唯ちゃんの魔力でも、魔力であることに変わりはない。なら魔力を支配している人の意志次第で、それは刃にも盾にも変わるだろう。
願わくば、お母様の元で適切な魔力操作を習得して欲しい。そして無理なく私たちと触れ合えるようになれば……。
「――――」
「――――」
――ああ、会話さえも聞き取れなくなってきた。
これはもうダメだ。寝よう。寝ます。
熱心に指導を受けている唯ちゃんを横目に見ながら、私はいそいそと唯ちゃんのベッドに潜り込んだ。
「……本当に申し訳ございません」
「いえ……。来た時からとても眠そうでしたし、迷惑を掛けているのはこちらですから……」
ソフィアちゃん。創造神様用に用意されたベッドの初めてを奪っちゃいました。




