幸福の過剰摂取
「それじゃあ。おやすみ、ソフィア」
「ふぁい。おやすみなさい……」
――ふわふわと、夢見心地のまま。
終身の挨拶を交わし、お兄様が去ってゆくのをぼんやりと眺めた私は、布団を被り、いざ夢の世界へと旅立っ……
…………旅立っ、て。
……あれ?
ふとした疑問が生じたことで、私は僅かに意識を取り戻した。
私は今から、夢の世界へ向かおうとしている? ってことは、今までのは全て夢?
じゃない。反対だ。今までのが全部現実なんだ。
お兄様に笑顔のまま凄まれたことも。いつも通りの口調でひりつく様な怒気を向けられたことも全てが現実。
……つまりその後の、「無事で良かった。……本当に、よかった」とめっっったくそ熱い抱擁をされちゃったことも全てが現実ぅ!!!! ひゃっほい!
あれだね。多分あの抱擁で私の意識がぶっ飛んじゃったんだね。うんうん。
普段はクールなお兄様から突然あんな激熱愛情アピールを受けたら意識の一つや二つくらい吹っ飛んじゃうのは当然だよね。むしろ心臓止まらなかっただけ良く耐えたって感じ。
よーしよし。段々と思い出してきたぞぅ。
あの抱擁をきっかけにしてお兄様の海より深い愛情に溺れてしまった私は、あれから今までずーっとお兄様の介助を受けていたのだよね。
……ご飯は……自分で食べたんだっけ?
流石にあーんまではしてもらってないと思うんだけど……。
うむむ、記憶の一部が欠如している。
でもまあ、流石にお兄様に食事の面倒を見てもらったことを私が覚えてないってのは考えづらいから、ちゃんと自分の手で食べたんだろうな。記憶には無いけど多分そのはず。
はー、それにしても満足感が凄い。
心が満たされてる感じというか、身体の疲れが抜け切ってるというか。
魔法で補助してると肉体的な限界も精神的な苦痛も軽く無視しちゃえるからあんまり気にしてなかったけど、やっぱり私も色々と疲れてたんだね。
ペットを拾うように唯ちゃん連れてきちゃったこととか、人生初の爆破犯体験とか、まー色々とやらかしたからね。そりゃ心労も溜っちゃうよねー。
……今更だけど、あの爆破はやっぱり人巻き込まないようにしてて正解だった。
相手が悪人とはいえ、もしも私が人殺しの経験をしていたとしたら、今日みたいに素直にお兄様に甘えられていたかはかなり微妙なところだったと思う。
私、悪人は須らく死ねばいいと思ってるけど、殺人犯もふつーに悪人だからね。
「相手が生きてるだけで迷惑かけるタイプなら殺しちゃっても全然おっけー♪ むしろそれって善行じゃない?」と思ってはいるけど、それは私個人の感想であって、お兄様が同じように考えているとは限らない。というか、普通に考えたら殺人なんて嫌悪感持ってて当然だと思う。
相手が悪人だろうとそうじゃなかろうと、人を殺しても良いなんて思考をしてるしてる人には普通近寄りたくないでしょ。
もしも私が私みたいな狂った思考回路してる人見かけたら「あれはやばい人だ」って思うだろうし、お近付きになりたいとは思わない。むしろ離れる。
それが知人の知人だったりしたらその知人とは徐々に疎遠になるだろうし、自分の家族の友人だったらその人物との付き合いは考えるように諭すだろう。
勧善懲悪って言葉の響きは良いしそれは世の為になることだとも思うけど、なんていうかさ。ほら、ヒーローとかも割と孤独に戦ってるじゃない。あれってそーゆーことだと思うんだよね。
悪は悪い。正義は善い。
でも暴力で人に言うこと聞かせるのって、どちらかと言えば悪よりの行動だよね。
暴力が怖い。暴力を振るえる人が怖い。暴力を躊躇なく振るえる人が怖い。――力が、怖い。
だから私は、お兄様の前ではできるだけ無力で守りたくなるような少女を演じてるんだけどー……我ながら、ちょっと無理があるかなーって、思う時もある。ちょっとだけね?
私が無力で無害で可憐な美少女であることは公然の事実ではあるんだけど、同時に私が尋常じゃなく魔力の扱いに長けていることも知れ渡っている。なので最近では、お母様が魔物退治に行く私を心配しなくなったりとかね。してね。それがちょっと寂しいような気がしなくもない。
いや、うん。別にいいんだけどね。私が心配して欲しいのはお兄様だけだし。
でもお兄様も最近ちょっと、私のことを放置気味な気がしてね……? ソフィアちゃん、こっそり寂しい思いをしてますよー的な感情もね、あるような無いような。そんな感じだったの。
だから今回の件。結構嬉しかったりするんだよね。
まさか怒るとは思わなかったけど、それも私を心配してのことみたいだし。あれだけの力でぎゅーってされたら……自分が大事にされてるんだなぁっていうのが、すごく、すごく伝わってきて。
…………うん。
今日はなんだか、久しぶりにいい夢が見られそうな気がする。
穏やかな心地で。そんなことを思いながら。
私はゆっくりと意識を手放したのだった――。
意識を飛ばして離脱したソフィアとは違い、素面のまま様々な問題の後処理を余儀なくされた苦労人が一人。
それは、実にいつも通りの光景であった。




