これは怒るわ
というわけで、魔法の話となればこの人。お母様をお呼びしました〜!
――うん、呼んだのよ。私は部屋に、お母様を呼んだの。
そしたらお母様ったら「ソフィアが来なさい」って。逆に呼びつけられちゃったの。伝言聞いた時は思わず「!?」って声なき声が漏れちゃったよね。
おかしいよね? おかしくない? お母様は一体何様なんだって思ったけど、まあお母様は我が家で一番の権力を握っているお母様なんでね。むしろ私が呼び付けるのがほらあれ。貴族マナー的な何かに抵触しちゃったのかなと思って納得した。
そしてマヌケにもノコノコと顔を出した私を待っていたのは。
「ああ、来ましたか。初めに言っておきますが、私は今とても怒っていますよ。まずはそこに座りなさい」
――何故か怒り心頭のお母様と、既に叱られた後なのか、入室した私に構いもしないで悲壮感を振り撒きまくっているアネットの姿だった。
……いや、えっ? 何この状況??
私はただお母様に「唯ちゃんの魔力対策について一緒にお話しましょう!」って誘いに来ただけなんだけど……。
「――ソフィア」
「あっ、ハイ」
座るよ。そんなに睨まなくても座るよやめて、その顔怖いからこっち見ないで。
ていうかお母様、さっき「まずはそこに座りなさい」って言ったけど、後々このソファ以外にも座らせる予定があるのだろうか。
私としてはクッションボールにでも座らせていただいて、バヨンバヨンとそのまま弾んで逃げていきたい気持ちであります。サー。
「すみません……」
座ると同時に小声で呟かれた言葉。
隣りに座るアネットをチラリと窺えば、その顔は申し訳なさに歪んでいた。
「何があったの?」
「それが……」
「それは私から説明します」
おうふ。はい。今日のお母様はケッコー怒ってらっしゃいますね。これは八割怒りといったところでしょうか。
私のお陰で怒り耐性がついてるお母様をここまで怒らせるのは並大抵のことじゃないですよ。
こんなに怒ったお母様を見たのはお姉様がお父様のことをボロカスのけちょんけちょんに貶して貶して貶しまくった時以来じゃないですかね。
あの時は最初、「またか……」みたいな顔してたお母様の怒りゲージが徐々に上がっていくのが見えたけど、今は既に上がりきってる感じ。
ここらにお母様の怒りの壁があるんだよね。
これ以上お母様が怒る時は、大抵感情だけじゃない他の要因が絡んで「ソフィア?」――あ、はい。さーせん。話聞きます。大人しく聞くからその凍てつく眼差しやめて。それ私の気温調節魔法を貫いてくるんだ。
気持ち顔をキリリっと引き締め「真面目に聞きます!」という態度を見せたところ、お母様から感じていた圧力が一気に失せた。どうやらひとまず怒りは収めてくれたらしい。
私お母様のそういう押し引きの線引きをしっかりつけるところ、結構好きよ。
「ソフィア。……私は恥ずかしいです。貴女は変な子ではあるけれど、貞操観念だけはしっかりとした子だと思っていました。私の苦労や周りの迷惑も顧みずに様々な面倒事を起こすけれど、本当に人の嫌がることはしないと。その一線だけは守っているものだと思っていましたが……どうやら私の勘違いだったようですね」
うん、流石はお母様。私のことをよく見てるな。
自分の娘に「恥ずかしい」やら「変な子」やら平気で言っちゃうお母様も十分に変だとは思うけど、心の広い私はそれを指摘したりなんかしないよ!
だってお姉様とお母様の戦いをこの目で見てきた私は知ってるもんね!
お母様って、実は自分のことを極フツーの人だと思ってるから「変」って言われると過剰に反応するんだよね!! 本当はかなりの変人なのに気付いてないフリしてるの、笑っちゃうよねー!!
――と、心の中だけで思っていてもお母様相手だと余裕で看破されちゃうので、ちょびっと真面目に考えてみた。何やら私は人の嫌がることをしてしまったらしい。
……うーん、どれかな?
唯ちゃんを半ば騙すような形で連れてきたことか、はたまたミュラー相手に土下座かまして私に戦いを挑めないよう外堀を埋めていってることを言っているのか、他には……。
うーむ、心当たりがありすぎてどれのことを言っているのか分かりませんな! はっはっは!
ただアネット関連となると一気に対象を絞り込めるんだけど、そうなると今度は別の理由で口を噤むしかなくなるんだよね。
アネット関連ってどーせアレでしょ。偽薬みたいな毛生え薬のやつでしょ。
ソフィアはお兄様を売り渡したりなんか絶対しません!! たとえお母様が相手だろうと絶対に、絶対にお兄様の不利になる発言はしません! フリじゃないよ!!
キッ! とお母様を睨む……んじゃない。まだ罪状は確定してない。ここは「何を責められてるのかソフィアわかんなぁ〜い」という態度が正解だ。
でも既に手遅れな予感がしたので、「無実の罪を被せられて、ソフィアおこだよ!」という方向に軌道修正しておいた。
成功してるかはしらない。知りたくもない。
「これに心当たりがあるでしょう」
だがお母様は無慈悲なので証拠を突きつけてきた。
机の上に置かれたのは一冊の本……えっ、漫画? これ……えっ、しかもこれ私が作ったやつじゃない!? えーっ、マジで!? なんでこんなの存在してんの!?
「中身を見ても!?」
「……どうぞ」
えーっ、嬉しいーっ!! まさかこの世界で私が関与してない漫画が読めるなんて……!!
心が浮き立つような心地のままページを捲り……そしてゆっくり本を閉じた。
……私がこの場に呼ばれた理由を完全に理解した。
これ……エロ本じゃん……。
世界で二番目に生まれたマンガ本。
その内容は、エロ本でした。




