こびりついた不快感
――そもそもこの精霊という存在がよく分からん。
唯ちゃんとリンゼちゃんがキャッキャウフフと戯れているのを眺めながら、私は寛いだ格好で一人、ベッドの上で熟考する体勢に入っていた。
見た目はね。まあね。精霊だよね。
小人でも妖精でも妖怪でもいいけど、手乗りサイズで、魔力で出来た人型の……まあ、唯ちゃんがこれを精霊と呼ぶから、私も精霊と呼称するけど。
この精霊。要は私の自立稼動魔法《しゃべる君》と同じタイプの魔法だよね。自我もないし生物でもない、命令通りに動くだけのお人形さん。
わざわざ人型に作ってあるけど、機能面だけが必要なら球状だって事足りる。
妖精っぽい見た目にしてるのは唯ちゃんの趣味かな?
人恋しさが極まった成れの果てとか言われたら反応に困るので聞かないけど、精霊の造形についてはそこはかとない闇を感じる。あまり気にしないようにしておこう……。
そもそも見た目なんかどうだっていいんだ。
今大事なのは精霊の果たす役割と効果。精霊のもたらす影響がいつまで持続するのか。これよ。
唯ちゃんが私に精霊をくっつけて魔力の質を変質させたのを参考にして、私もマイ精霊を生成して唯ちゃんの外殻を作ってみたんだけど、今のところ問題なく機能してはいるんだよね。我ながら思い付きにしては完璧な対応をしたと思うよ。
――唯ちゃんの魔力は周囲の魔力を吸収する特性を持つ。
――唯ちゃんは身体から漏れ出す魔力を制御できていない。その為、普通にしているだけで周囲の魔力を喰らい尽くす存在と化している。
――唯ちゃんの魔力は普通の人が触れると最低でも眩暈を発症。でもその最低レベルになるには魔力の総量が相当量必要。殆どの人は余裕で死ぬ。なんだったら触れなくても死ぬ。近付いただけで魔力抜かれる。
……そうだよね。改めて考えてみれば、私の施した魔法が壊れただけでこの地域一帯の生物が死滅するくらいの爆弾なんだよね、唯ちゃんって。
見た目は可愛い女の子なのに、その実、無意識で人の命を奪える存在だなんて……。
うーん、変な死に方するくらいならいっそ可愛い可愛い唯ちゃんに殺されちゃうのもアリじゃないかとか思えてきた。でも私が死ぬと唯ちゃんの魔力を止められる人がいなくなるんだよね。人類を道連れにするのはちょっと重すぎて受け止めらんないかなぁ、なんて……あはは。
……って違ーう。別に私、死にたい訳じゃないから。
今のはそう、気の迷いってやつだね。考えすぎて煮詰まっちゃった的な……。
「んんっ。んんん〜……」
ゴンゴロゴロゴロ。ベッドの上を転がりながら思考の海に埋没する。
――普段なら、こんな危険な思想は思い付いた段階で棄却してる。でも……。
いつもより五割増くらいで自虐的な思想に走っちゃう原因はハッキリしてる。
私の前世、この世界へ来る前に生活をしていた世界へと辿り着くことに成功し、私の肉体を取り戻したからだ。
……それだけなら、本来喜ぶとこなんだけど。この肉体の状態が問題でね?
無事といえば無事、無事ではないといえば無事ではない。
向こうの世界で見つけた私の身体は、そんな微妙な状態だった。
そもそもね。容姿や魔力の関係で、完全に無事な状態で発見できたとしたって元の身体に意識を移すかどうかは定かじゃないのに、なんだ裸で飾られてるって。あんな状態で安置されてるなんて想像もしてなかったよ。
あれか、フィギュアか。オタクがフィギュア飾るような感覚で人間の女の子飾ってんのか。
裸だったのは使用後だったからとか?
あーね、汚れたら洗って干して乾かさなきゃまた使えないもんね、汚いままで次も使うとかありえないよねー、あははははー!
……はーあ、つら。私の身体が弄ばれた想像するの、思ってたよりかなりクるわぁ。
別の身体で起きたことだからもうちょっと割り切れるかと思ってたんだけど、やっぱり「私の身体」って認識してるからかな? 精神が犯されたように感じちゃうよねー。
いくら中が無事だってさあ。外側がああも弄ばれてたら……ねぇ? 本当の意味で無事とはとても思えないでしょうよって話。
揉まれたり触られたりは序の口で、絶対アレを……あー、想像するようなもんじゃないな。このイメーシやめやめ。
私だってね。この美少女過ぎるソフィアの身体に未練とか執着とかそりゃ色々あるけど、だからって私が元々別の人間だったっていう意識まで捨てたわけじゃないんだ。自分の意思で別の身体になった訳じゃないんだよ。
私がもしも、元の身体に戻ったら。どんな未来を送れるのかなって、考えたことも勿論あって……――。
――懐かしの肉体。懐かしの目線の高さ。そして懐かしの身体の感覚。肌で感じる四季の訪れ。
太陽の眩しさを、魔法で緩和も出来なくて。
庇を作るように掲げた腕から、つつぅと、白い何かが垂れ落ちて――
――ってなるじゃん!! 乙女、監禁と来たら凌辱じゃん! 絶対私、汚されてるじゃんん!!!
はークソ。マジでクソだわ。
やっぱ爆発程度で済ますんじゃなかった。
扉に連動した時限式の毒素でも仕込んで、それで――。
「ソフィア。飲み物を持ってくるけど欲しいものはある?」
「リンゼちゃんの愛の篭もったミルクティーで!」
「はいはい」
――まあ、過ぎた不快感を思い起こし続けるのも不毛よね。
今は私の元に来た天使ちゃんの為に、ちゃんと真面目に、白い魔力対策を考えますか。
不調の原因。不機嫌の原因。
状況証拠は揃ってるのに、確定ではない。
その曖昧さもまた、ソフィアの不満を募らせるようです。




