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私の居ぬ間にお母様


 授業が終わると同時にソッコー家に帰ってきた私が自室で見たのは、唯ちゃんとリンゼちゃんが一緒に刺繍を楽しんでいる光景でありました。


 なにこれ天使の休息か何かですか? 私の部屋が尊みに溢れてるんですけど!!


 思わず扉を開けた体勢のまま固まってしまった私に、いち早く気が付いたのはリンゼちゃんだった。


「おかえり、ソフィア」


「あ、お帰りなさい」


 ん〜〜〜〜〜!! ダブル幼女からの「おかえりなさい」、イイネ! すんごくいいね!!


 表情筋がだらしなく蕩けそうになるのを意志の力で必死に堪えた。


 デヘデヘと下品一直線になり掛けていた表情筋は、努力の甲斐もあってなんとか穏やかな微笑みレベルに抑え込めたのではないかと思う。


 ……リンゼちゃんだけならまだしも、唯ちゃんに私のだらしない顔を見せる訳にはいかないからね。表面上だけでもきちんと取り繕っておかないと。うんむむ。


 にっこりと貴族令嬢らしい笑顔をうかべた私は、喜びのあまり踊り狂っている内面を完璧に隠して、何事も無かったかのように天使ちゃん達と会話を始めた。


「ただいま。二人とも、刺繍してたの?」


「ええ。退屈そうにしていた彼女をアイリス様が見かねてね。これなら夜でも時間が潰せるだろうからって道具を一式頂いたのよ」


「貰うばかりで何も返せないのが心苦しいのだけどね……。でも、そう素直に話したら『では出来上がったものを私に下さい。一生の宝物にしますから』と言ってくれたのよ。ソフィアさんのお母さんは素敵な人ね」


 そう言ってクスリと微笑む唯ちゃん。

 その嬉しそうな顔を見て、私の心は嫉妬に染まった。


 お母様はなんで唯ちゃん相手にイケメンムーブかましてるの?

 娘の私ですらお母様のそんなセリフは聞いた覚えがないんですけど!


 ……まさか、狙ってるのか? 唯ちゃんを虜にしようと狙ってるのか、おおん? もしもそれが事実だとしたら、そんなのは唯ちゃんのお姉ちゃんであるこの私が許しませんよ!?


 唯ちゃんに尊敬されるなとまでは言わないけどさ。せめて私が唯ちゃんにでろっでろに懐かれるくらいまでは待っていてもらわないと困る。


 だって今の段階でお母様と私を比べられてしまったら、正直……その、ねぇ?

 ほら、猫を被るのは、お母様の方が上手だからさ……?


 ――嫉妬から怒りへ。かと思えば、すぐに諦観から恐怖まで。


 感情がコロコロと慌ただしく変わる。


 今は慕ってくれてる唯ちゃんが、私の本性を知ったら蔑んでくるかも……などという恐ろしい想像に、何故かちょっぴり背徳感を覚えてしまい、軽く妄想で楽しんだりもしたが。


 結局のところ、変わりやすいということは大した感情ではないのだ。


 てゆーかぶっちゃけ、もはや私の感情なんかどうだっていい。

 だって見てよ、天使の片割れ、唯ちゃんが無邪気に微笑むあの姿を!!!


 恐らくお母様と話してた時のことを思い出してるんだろうけど、柔らかく微笑む唯ちゃんの笑顔がまた眩しいんだこれが。可憐で愛らしくて微笑ましいの。醜い嫉妬心なんかあの顔見ただけで浄化されるわ。


 私が学院に行ってた僅か半日ほどの隙でこれだけ唯ちゃんの心を掴んじゃうだもん、お母様のかわいい子好きも極まってる感あるよね。唯ちゃんのことを神様として変に敬ったりしてるくせに、こーゆーとこではしっかり好感度稼ぐんだからお母様もちゃっかりしてるというかなんというか。やはりお母様も内なる欲望には勝てなかったということですかね。


 もしくはあれか。私が刺繍にあまり興味を示さなかったから「娘と一緒に優雅に刺繍〜♪」的な欲求を唯ちゃんで満たしたとか、そんな側面もあるのだろうか。


 私も別に刺繍が苦手というわけではなく人並み程度にはできるんだけど、やっぱり掛かる時間と成果物の使い道とかを考えたら、残念ながらのめり込む程の価値は感じられなかったんだよね。


 刺繍の技術は乙女の嗜みとか言うけど、ここの価値観で「いい女」ってのは、イコール「いいお嫁さん」ってことだからね。私的にはそれ、無価値なんだわ。


 実際刺繍が上手なお嫁さんと顔が良いお嫁さんだったら後者の方に軍配が上がると思うし。


 だったら刺繍の練習に費やしてる時間を魔法の研鑽にでも当てた方が、美容に健康、自衛に娯楽と多方面に有用で、総合的に見てもどちらかを学ぶなら魔法一択だよねという話なのさ。


 魔法、いいよね。本当になんでも出来て実用性バツグン。たまに失敗しても目を瞑れちゃうくらいに恩恵が大きい。


 だから今日は早く帰って、唯ちゃんにも魔法を教えようかと思ってたんだけどー……。


 今の刺繍してる姿が似合う唯ちゃんを魔法好き好き少女に転向させちゃったら、お母様の恨みを買っちゃいそうな予感がするよね。私がお母様の立場だったら絶対恨むわ。自信ある。


 でも唯ちゃんの魔力は独特だから、唯ちゃん自身に魔力制御を覚えてもらうのはどの道必要になることだし……。


 ふむ。


「とりあえず一休みしてから考えようかな……」



 ――そうして私は、問題の解決を先延ばしすることにした。


 唯ちゃんが楽しそうに刺繍してる姿だとか、リンゼちゃんが唯ちゃんに教えたりしてる姿だとかをじっくり眺めたかったんだ、仕方ないじゃん。


 まあ一休みしてる間に唯ちゃんへの教え方も考えとくし。

 横になったからってただ怠惰に怠けてるわけじゃないのよ。そこだけは勘違いしないで欲しいものよね。


むしろ篭絡されたのはアイリスの方だったりして。

娘より幼く見える創造神様が、人の温かさに触れてポロリと涙を零した時の慌てよう。

この件で一番の被害者は、もしかしたら彼女の愚痴を延々聞かされる羽目になったアイラさんなのかもしれない。

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